探偵・伊達政宗の推理
俺は伊達政宗。誰もが知る戦国武将の一人だ。
が、俺は前世がある。前世の名前は名坂横久。二十一世紀の日本を生き抜いてきた高校の歴史教師だった。些細なことで同じ職場の後輩に殺されて、死後にアーティネスという女神に転生の権利を与えられて今に至る。
歴史教師だったため、歴史にくわしい俺は歴史知識を駆使してやっとのことで伊達家の家督を継いだ。今から本格的に、日本を統一するために動き出すのである。
「政宗殿!」
俺を呼んだのは仁和凪だ。彼女は俺の右腕で、史実では登場していないが参謀として有望な人物である。
「どうした、仁和?」
「政宗殿。日本を統一するにしても、日本の中央には豊臣秀吉が現在君臨しています。これを対処する術は無に等しいです」
「そうだな。そのことは後回しだ」
「わかりました」
家臣の一人に屋代景頼という人物がいる。彼は史実に存在する者で、史実でも伊達政宗の重臣という位置付けだ。景頼の忠誠心は本物で、俺に忠実。秘密も漏らさず、必ず秘密にする。
俺はこれから、重要な話しをしに行くのだ。重要な話しというのは、それはもう重要な話しだ。
とある部屋の扉を開けて、俺は中に足を踏み入れた。
「待ったか?」
「いえ、待っていません。それに、若様が遅れても我々は構いません」
部屋には俺達二人以外に、もう一人いる。伊達成実。伊達政宗のいとこで、俺より一歳だけ年下だ。彼も、史実で登場する。俺はこの三人で、重要な話しをしようとしていたのだ。
「若様」成実は伏した。「それでは話しを──」
すると不意に、悲鳴が聞こえてきたから驚いた。声から察するに、先ほど話した仁和の悲鳴ではないだろうか。彼女に危険があったのなら、日本統一が危ぶまれる。俺は話し合いより、仁和を優先して声のした方向まで駆けた。
廊下を走っていると、仁和が倒れていた。
「無事か!?」
「無事です、政宗殿」
腕を切りつけられて、血を流していた。
「犯人は誰だ? 誰が仁和の腕を切りつけたんだ?」
「それが、顔は見えませんでした」
そこに、景頼と成実、片倉小十郎景綱が駆けつけてきた。小十郎は、俺が幼少期の頃からの仲で、政宗の守役である。政宗の右腕と言っても過言じゃない。
小十郎は口を開いた。「どうしたのですか?」
「ああ、仁和が襲われて切りつけられている」
それにしても、仁和は誰にでも優しい。仁和を切りつける動機がわからない。
ふむ。やってみるか、犯人探し。犯人を見つけてそいつを怒らないと、また仁和を切りつけられるかもしれない。
アリバイがあるのは、直前まで俺と会っていた二人。容疑者はそれ以外ということになるな。
凶器はどれだろう。
「仁和。凶器はどれだ?」
「そこに落ちています」
「あれか」
仁和のすぐそばに、短刀が落ちていた。先端には血も付着しているし、これが凶器と見てまず間違いない。
この短刀から指紋を採取して、犯人を突き止めるのは難しい。何せここは戦国時代。指紋を採取する技術はないし、短刀に付いていた指紋が犯人のものとは限らないからだ。
犯人を突き止めるには、現場に残っているものから推理をすることだ。現場にあるものは凶器以外にはこれといってなく、すぐに八方塞がりとなってしまった。
頭をくしゃくしゃに掻いた。「まずは仁和に応急処置だ」
俺は以前、薬学にのめり込んだことがある。だから、この程度の傷なら応急処置は出来る。それには薬草などが必須だが、薬草はこういう時のために準備してある。
小十郎に、用意してある薬草を持ってくるように頼み、届いた薬草で止血をして傷口を覆った。
「これで良いか。痛くないか?」
「はい。痛くはないです」
「それは良かった。今日はゆっくり休んでおけ」
「わかりました」
仁和は傷口に手を当てながら、その場を去った。
さて、俺は犯人を突き止める。まずはいつも通り、話し合いをする。そのために、小十郎、景頼、成実、そして愛姫を集めた。愛姫は政宗の妻のことだ。滅茶苦茶可愛いぞ!
部屋に五人が集まり、全員が床に腰を下ろす。俺は凶器となった短刀を取り出して、床に置いた。
「皆知っていると思うが、仁和が襲われて負傷した。犯人が誰かはわからない。だから、犯人を特定しようと思う」
四人はうなずいた。俺も相づちを打ち、短刀を布に包んだ。
「犯人を突き止めるにしても、かなり大変だ。だから、仁和を襲う動機がある人物を探してみよう。仁和を襲う動機のある人物の名前を、列挙してくれ」
「「はっ! 了解しました!」」
四人はあーだこーだ話して、仁和を襲う動機のある人物の名前が列挙されたリストが完成した。俺はそのリストを受け取って、粗方目を通す。ほとんど知らない奴らだ。一人一人に話しを聞いていくのはかなり面倒だろう。事情聴取的なことは家臣にでもやらせるか。
仁和は誰にでも優しいから、仁和を襲う動機がある人物は少ないだろうと思っていたが、相当いた。というのも、仁和は優秀過ぎて恨まれているのだ。作戦を立てるのはいつも彼女で、その作戦はいつも成功しているからである。恨まれるのも当然と言うべきか。
動機は......まあ、わかった。あとは犯人を推理で導き出すのみなのだが、難しいな。動機がわかっても証拠も何もないんだ。推理するのは不可能と言ったところだな。まったくわからん。
「仁和を負傷させた人物が凶器として使用していた、この短刀の出所を調べてみよう。成実。頼んだぞ」
「承ります。必ずや、有益な情報を持ち帰ってみせましょう」
「待っている」
成実は短刀を片手に、部屋を出ていった。凶器として使われた短刀は特徴的な外見だし、出所はすぐに割り出せるはずだ。となると、犯人を早期発見出来る。ミッションコンプリートだ。
しかし、数十分後。成実は短刀を持って戻ってきた。
「どうしたんだ?」
「出所までは掴めたのですが、所持者の情報は皆無。見当も付かないようです」
「それは残念。では、推理をしないことには犯人を見つけられないということだな?」
「そういうことになります」
弱った。本当に弱った。今まで、俺はずっと推理が出来る奴だって思われてきたが、実際は歴史知識が豊富なだけだ。歴史知識を駆使して、何とか犯人を突き止めてきたが、今回は無理だ。歴史知識を生かせる事件じゃないことは確かだとは思う。
こういう場合は頭の良い奴が推理をすれば良いんだが、あいにく頭脳に定評がある家臣は被害者の仁和くらいだ。被害者兼探偵だけは避けたい。
二番目に頭が良い家臣は......成実か? すでに失敗しちゃってるよ。俺的には迷宮入りにする方に、天秤が傾いている。もういっそ、迷宮入りでも良いんじゃね?
おっと、俺が弱気になっては駄目だ。頑張ろう。まずは推理! 頭を回転させることが絶対条件!
安楽椅子探偵をやる気はないし、現場に行ってみることにした。現場は米沢城の廊下。俺、伊達政宗が生まれた城だ。
被害者と凶器が消えれば、現場は至って普通の廊下。何も推理することはない。さて、どうしようか。
俺が首を傾げていると、小十郎が近づいてきて俺を『若様』と呼んだ。俺は基本的には若様と呼ばれている。
「それだ!」
「へ?」
「それが動機か。だとすると、犯人はあいつしかいないぞ」
犯人も、犯行動機も大体わかった。俺は納得して、犯人をこっそりと呼びつけた。数十分が経過し、犯人が部屋に入ってきた。俺は壁に寄りかかって腕を組んだ。
「若様。どうなさいましたか?」
「お前が犯人なんだろ? なぁ、景頼!」
「くっ!」
「動機は呼び方。お前らしいよ」
読者諸君は、景頼にはアリバイがあるじゃないかと思うかもしれない。が、別に俺は景頼と会っていたとは言っていない。あの場に成実がいたとかは言ったが、あの場にいたもう片方が誰かは言っていない。ま、叙述トリックだ。エイプリル・フールにはうってつけの話しだろ?
俺が事件当時にあの場で会っていたのは、成実と小十郎。景頼にアリバイはなかったんだ。
「景頼が仁和を負傷させた理由は、俺の呼び方。仁和は俺を『政宗殿』と呼んでいる。この時代では名前で呼ぶことは無礼だから、政宗殿とは呼ばない。が、仁和は政宗殿と呼んだ。俺に忠実なお前は、そのことで無礼な仁和を襲ったんだな?」
仁和がなぜ、俺を無礼な呼び方である『政宗殿』と呼ぶのかは本編を読んでくれたらわかる!
景頼はため息をもらした。「若様に嘘は通じませんね。動機も当たっています。私が犯人です」
「誰にも言わない。もちろん、仁和にも言わない。いや、言えない。だから安心しろ」
「ありがとうございます」
「もう二度とやるなよ。次は許さない」
「はっ!」
ほい、事件解決っ! 俺は景頼の肩を二回か三回軽く叩いてから、部屋を退出した。
何と言うこともない普通の人生を過ごしていた俺は、なぜこんなことをしているのか。俺にすらわからない。ただ、日本を統一するまでは死ねねぇってことだ。覚えとけ!
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本作は『隻眼の覇者・伊達政宗転生(以下略)』という作品の番外編的な短編小説です。
本編は歴史ジャンルですが、推理要素もありますので、読んでみてください。下の方に本編へのリンクがあります。