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季節の庭を巡る物語

はじまりは……アジサイ

作者: 織花かおり

校庭のアジサイに見守られながら、雨の季節を過ごします。

家紋 武範様の「あの一作企画」参加作品です。

挿絵(By みてみん)


 


 雨がしとしと降っている。校庭のアジサイがしっとりと雨にぬれ、青い花をいっそう青くさせていた。


教室では先生の大きな声が響いている。マヤは現実から逃げたくて、窓の外のアジサイを見ていた。


「いいか。この紙に隣の席になりたい人を絶対に一人以上は書くんだぞ」


マヤは一番後ろの席で目をふせた。


『私の名前なんて書く子はいないわ。それに、いったい私が誰の名前を書けるっていうのよ』


 マヤは、四月にこの南小に転校してきた。前の学校では、必ずクラス委員をつとめるほどの人気者だった。だから南小でも当然そうなるものだと言わんばかりだった。


「私、前の学校で勉強も運動もできたわ。うんと南小よりレベルが高かったけれどね」


「南小ってまとまっていないのね。前の学校ではなんでも私がリーダーだったのよ。そして、全部すぐにみんなまとまったわ」


事あるごとの自慢話に、クラスのみんなは段々嫌気がさしてきた。

だから3か月過ぎた今でも、マヤには親しい友達が一人もいない。


『それだけでも学校に来たくないのに、こんな事になるなんて…』


今までちやほやされ、優等生だったマヤにとって、仲間はずれだという決定的証拠をつきつけられる事は、自分を否定される本当に辛いことだった。


 マヤは、白紙のままの紙を机の上に置いて、アジサイに目をやりながら考えた。

『そうだ。吉岡さんはおとなしくて、何を頼まれてもほとんどいやと言わないわ。それに、一人のことが多い。吉岡さんなら、さそえば隣の席になってくれるかも』


その時

「吉岡さん、一緒に並ぼう」

と、別のおとなしい子が吉岡さんに話しかけた。マヤはがっくり肩を落とした。


「ひろ、一緒に並ぼうぜ」

「私もひろ君の隣になりたいな」

「ひろ、誰の名前書くんだよ」

そんな声がさっきからあちこちで聞こえる。

マヤは、ちらっと隣の山瀬君を意識した。


『すごい人気ね、山瀬君。私と違っていい気分だろうな』


山瀬君は、勉強も運動もいまいちだ。それにハンサムなわけでもない。

マヤは、そんな山瀬君がなぜ人気があるのか不思議だった。


美人で何でもできるマヤが注目していたのは、勉強が一番の土谷さんや足が一番速い澤田君だった。これといってなんの目立つところもない山瀬君なんか眼中になかった。それが伝わるのか、話しかけられてもマヤがあまり良い返事をしないからなのか、山瀬君とは隣の席でもあまり話をした事がない。

けれど、今は山瀬君どころではない。


『どうしよう』


 マヤは、泣きそうな気持ちでアジサイを見た。

今朝のお母さんの顔が浮かぶ。


「庭のアジサイが咲いたわ。お母さん、アジサイって好き。その土地に合わせて色を変えるでしょう。その柔らかさが好きなの。私達にも必要なことよ。」


そう言った後、お母さんはじっとマヤを見つめた。

みすかしたその目にマヤはどぎまぎした。

その時、自慢話ばかりしてきた事を後悔した。

でも時すでにおそし、だ。


『お母さん、私どうしたらいいの?』

アジサイを見ながら、マヤは家に帰りたい気持ちでいっぱいだった。

 


 「アジサイ、きれいでしょ」

隣から声がした。

マヤがあんまり長いことアジサイを見つめていたので山瀬君も気づいたようだ。


「南小はさ、校庭のあちこちにアジサイが植えてあるから、アジサイ小とも言われているんだよ」


 マヤは、今朝の情景を思い浮かべた。庭に咲いた南の島の海のような真っ青なアジサイの花。お母さんのマヤとアジサイを見つめていた瞳……。

マヤは、静かに答えた。


「そうなんだ。アジサイ小……。すてきね。私、アジサイって好きよ」

山瀬君の顔が太陽のようにぱっと輝いた。

そして人なつっこい笑みがこぼれた。


「ほんとうに?僕もアジサイ好きなんだ。林さんも、これで南小を好きになってくれれば嬉しいな。それに僕やクラスの事も」


その言葉を聞いて、マヤはきりのようなもやもやが一気に消えていくのを感じた。


「山瀬君。私のこと、きらいじゃないの?」

「えっ?どうして?林さん、自分をアピールするのが上手じゃないだけでしょう」


目の前がぱぁっと晴れて、明るくなった。


「私と友達になってくれる?」

「もちろん。林さん、晴れの日にはベランダのアジサイに必ず水をかけてくれるでしょう。 ずっとやさしい子だなって思ってたんだ。」


 マヤは、あらいたてのいい香りがするシーツに全身を包まれたような、心地よい、すがすがしい気持ちになった。しみができていた心がまっさらになったみたいに感じた。


「今までごめんね」

素直に言えた。

山瀬君は、そのひとなつっこい笑顔をマヤに向けながら、右手を出した。マヤもすぐさま右手を出した。二人は机の下でそっとあくしゅをした。今まで目もくれなかった山瀬君が、大切な友達になる予感がした。


『席がえの用紙に書く名前、決まったわ』

マヤは、さっきとうって変わった気持ちでアジサイを見た。

真っ青なアジサイがほほえんだように雨だれに打たれてゆれた。


 「よ~し、みんな、そろそろ用紙を集めるぞ!」

先生の声が響く。

マヤは、山瀬君ともう一度顔を見合わせてにこっと笑った。

そして、アジサイが見守る中、軽やかに鉛筆を走らせた。

                           

おわり


表紙のバナーイラスト作成は、あき伽耶様がしてくださいました。(リンクは貼っておりません)

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

何か感じることがございましたら、感想やブックマークなどいただけると幸いです。

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織花かおりの作品
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作成:コロン様
― 新着の感想 ―
[一言] 何かにつけて自慢したい気持ちも分かりますが……。 これをきっかけに、友達がたくさんできるといいですね。
[良い点] 山瀬君が、なぜ人気があるのか。明確に書かれていないのに、マヤへの対応でわかりました。 マヤのことをよく見て、いいところ探せるなんて、素敵な子ですね。癒やしキャラ、クラスに一人はいて欲しい…
[良い点] あき伽耶様の素敵なバナーから参りました! 転校してきた女の子の心の内が、とても繊細に描かれていて、胸を打たれました。 マヤが窓の外のアジサイに目をやるシーンに、後悔やどうにもならない辛さ…
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