#8
折角の土曜
今日発売の新刊もないし、特別欲しい本もない
目的もなく行くよりも目的を持って行動したい
ゲームセンターにでも行って、いつものリズムゲームでもしようか
気候は暖かくなり始めている
必要のないかもしれない上着に念のため袖を通して家を出た
「あれ…先客だ。珍しい」
プレイを終えて振り向いたのは意外な人物だった
「七瀬さんじゃないッスか」
「桜井さんもこのゲームやっていたんだね」
「そうなんッス。難しいからって、どんどんプレイ人口減ってくのに珍しいッスね」
「ピアノ…やっていたからね。それに童話がモチーフなんて素敵だと思って」
「そうッスよね。さ、お手並み拝見ッス」
「見られていると恥ずかしいな…」
「高レベル、最高難易度の譜面をフルコンなんてすごいッス!N.N.さんにも勝てるレベルッスよ」
「それ、俺だよ」
勢いよく画面を見る
そこに表示されている俺のゲームで使っている名前はN.N.だ
「リアルN.N.さんッスか!」
「芸能人に会った、みたいな反応されると困る…」
「あ、そッスよね。カラマリなんッスよ、自分」
「それは驚いた…。チャットと印象が違うから、全然気が付かなかったよ」
「あはは…それより!今日は行くべきだって直感的に思ったんッスよ。来て良かったッス」
「俺も」
***
「なぁなぁ、お前オタク部に入ったって本当か?」
「ミステリー研究部になら入ったよ」
「それがオタク部なんだよ。お前イケメンなんだから止めとけよ」
仮に俺がイケメンだったとしよう
それとなにの関係があるんだろう
「好きなものを堂々と好きだと言える。とても素敵なことだと思うよ。それに誰もがなにかのオタクだと俺は思っているんだ。どうしてオタクが嫌いなの?」
「マナーが悪い。コンサートかなんかの行き帰りの電車でうるさい。大量のグッズを座席に置く」
「それは駄目だね…」
「だろ」
マナーに厳しい人はオタク嫌いになるのイメージがある
からかうのは戸部くんなりの一括りにしたくないという心の現れなのだろう
多分自覚はないけれど
「で、お前はなにが好きなんだ?」
「趣味なら…読書、アニメや映画の鑑賞、ゲームかな。ゲームはリズムゲームとノベルゲームをよくやるよ」
「ほとんど物語だな」
現実で理想や望みを手に入れられなかった者はしばしば物語に逃げがちではある
そして、他人の作った物語に満足出来なかったとき、人は自分で物語を紡ぐ
組み合わせ次第で無限の可能性が広がるものもあるノベルゲーム
そのストーリーを考えている人はきっと、この世界から消えてしまいたいと思っている
そして、その物語の世界が現実に酷似していればしているほど―――
この世界を愛しているのだろう
「うん、好きなんだ」
作者はなにを愛し、なにを憎んでいるのか
監督はそれをどう読み取って、それをどう演出するのか
人の心の闇が見える
俺はそれに触れていたい
触れている間はきっと、俺は俺を忘れられる
「戸部くんはなんのスポーツをしているの?」
「…陸上の短距離。もう辞めたけど」
「時間を持て余しているなら…」
「聞かないのか」
「聞かないよ。言いたくないでしょ」
俺だって物語が好きな理由を馬鹿正直に語ったりしない
「ああ…」
「身体を動かすゲームをやったらどうかな。ピッタリかもしれないものがあるよ。VRルームっていうんだけどね」
「仮想体験ってやつだろ」
「そう。部屋全部スクリーンになっていて、スクリーンに触れると物が動かせたりするんだよ」
「箱の絵に触ったら箱が開く、みたいな?」
「そうそう。ホラーだとゾンビに追いかけられるし、脱出ゲームをしたりとか」
「楽しそうだな」
「あ、ごめん、俺ばっかりで。聞いてくれるのが。嬉しいんだ」
「いや、そういう意味で言ったんじゃない。楽しそうな人を見るのは楽しいだろ」
「ふふっじゃあ――戸部くんが思うゲームオタクへの一歩を踏み出さない?」
「…身体を動かしに行くだけだ」
戸部くんは顔を逸らしながらも俺が伸ばした手をとった
…最後に不穏な一言を添えて
「水屋愛には気を付けろ」