プロローグ
俺は今、自宅のリビングで見知らぬ男と向き合っている
相手は大手電機メーカーの青春代行課という部署に所属しているらしい
名前は帆立
今朝仕事に行く母さんに「帆立という人物が来たら話しを聞くように」と言われていた
また理由も聞けず従ってしまっているわけだ
「てっきり追い返されるかと思っていました」
「この怪しい部署名を聞いてそうしたくなりました」
「ふふっ、お母様の言う通り本当に…」
上品に笑うが、隠されている口元は舌なめずりをしている
「従順なんですね」
「俺だって……いいです。早く用件を済ませて下さい」
にやりと笑うと携帯型のゲーム機のようなものを机に置いた
「これは七瀬七都木さん「あなたのための青春ゲーム」です。どうです?嬉しいですか?嬉しいですよね?」
押し売りにもほどがある
「全然。「俺のための青春ゲーム」それってどういう意味ですか」
「言った通りですよ。これは「あなたのためだけに作られたノベルゲーム」です。あなたの性格をよく理解してゲームに組み込んであります。もちろん主人公は七瀬七都木さん、あなたです」
「性格をよく理解して…って、どうやって」
「七都木さんの場合資料は沢山ありました。それに、依頼主がお母様ですので」
「依頼主?」
「はい。まさかとは思いますが全国の引きこもり全員にこんなことをしているとでも?それともアレですかアナタは選ばれました!」
クラッカーを鳴らす真似をする
「パンパカパーン!みたいな。いつまで「特別な自分」でいる気です?」
「そういうつもりで言ったわけじゃ…!それに俺は一度だって、自分を特別だと思ったことはない」
「本当にそうですか?確かにあなたは「あの世界」ではお世辞抜きで謙虚でした。でも「普通の世界」に来たとき自分が――どれだけ傲慢か、知ってしまったのでは?」
俯いてなにも言わない俺を小さく笑う
「それは置いておきましょう。商品の説明をさせていただきます」
「はい」
「主人公・七瀬七都木は2年生の1学期に舞台となる学校に転校します」
何気なく外を見ると憂いた表情を見せる
「――梅雨が明けそうですね。年が明けるまでは6ヶ月ほどあります」
「だから?例え年が明けても、2年生になっても、俺は行かない」
「それはご自由に」
「それならなにがしたいんですか」
「青春代行課はゲームを作成するだけです。なにをするのかは依頼主によって様々。お母様が「なにを目的としているのか」はゲーム作成のために聞きました。しかし言わないようにと言われていますので」
「そうですか。それで、年が明けるまで残り6ヶ月。だからなんだって言うんですか」
「やりたくない。だけど仕方がないから説明は聞く。そんな姿勢で良いんですか?」
「やるかやらないかは自由なはずです。青春もののノベルゲームなんてやりませんよ。ましてや自分が主人公なんて」
「確かにプレイしていただかなくても結構です。しかし、エンディング、台詞の回収率で負担金が変わります」
「それが年が明けるまでってことですか」
「理解が良くて助かります。負担金の詳細は依頼主にしかお教え出来ませんので悪しからず」
「…分かりました。やりますよ。やれば良いんでしょ」
「そう言ってもらえると思っていました」
ぱっと顔が明るくなったかと思えば、すぐに黒い笑顔を浮かべる
「お母様を人質に取られたとお思いかもしれません。しかし、依頼主がお母様であることをお忘れなく」
「分かっています」
「覚悟を決めた良い顔です。特別にヒントをあげましょう」
ピンと人差し指を立てる
「ヒロインが5人、友達が4人、主な登場人物は他に3人、エンディングは20個です」
「それ半年で終わるんですか」
「七瀬七都木さん、あなたの努力次第です。是非全てのエンディング、台詞の回収を目指して下さいね」
その微笑みは穏やかだった
だけど俺にとっては悪魔のような微笑みにしか思えなかった
元は動画にする用として書いたのでこんな感じに台詞が多めですが、お楽しみいただければ幸いです。