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太一の異界手帖  作者: 安住ひさ
【本編】ロストミソロジー
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【本編】ロストミソロジー:終章 後日談③

 あれから数ヶ月経った。

 あの日あの時港で消失した人達は何事もなく戻ってきた。当事者達の意見を聞くと、その間の出来事は何も覚えておらず、気が付いたら朝を迎えていたのだという。そもそも消失した時点で寝ていた人達に至っては何かが起きたことすら認識していない。望月氏曰く、人が消失したのは「異界化」という現象のせいとのこと(橋や岩壁などに門を築いて神様の世界に繋げるのではなく、その空間ごと神様の世界に持ってくるのを「異界化」というらしい。そしてそれは、「神隠し」の一種であるとのこと)。その間の出来事がすっかり抜け落ちているのは、「異界化」が解ける時の反動によるものだという。

 港の出来事は弓司庁の働きかけもあり、結局外部には防災訓練中の事故ということに落ち着いた。しかし、上空に発生していた華の件や集団忘却・睡眠の件のこともあり巷では妖怪だとか妖精だとか魔女の仕業だとかいう都市伝説がまことしやかに囁かれていた。

 何れにせよ、今回の騒動は幕を閉じた。今回の件で生じた痕跡など、傍から見れば広場の惨憺たる有様だけで、それ以外は元のままである。これからも人々はこの事件の真相など知らぬまま、その表面に貼り付けられた都市伝説を見続けるのだろう。しかし、知る必要もないのであろう。そもそも、これはもう忘れられた者達の物語なのだから。ただ、私はそれを記録に、記憶に留めておこうと思う。例え結果が滅びであったとしても、彼らは確かに存在し、泣き、笑い、歴史を積み重ねてきたのだから。彼らの存在した証を、残さねばならない、残しておきたいのだ。

 だが、断っておくとこの記憶と記録は中途半端なものになるだろう。何故なら私は、異変の中心人物だった者のことをどうしても思い出せないでいるからだ。確かにその人物がいたことは覚えているのだが、それが何者であったかが分からない。何かが、圧倒的に欠落しているのだ。それについて、客士であるとある女性はこう言った。「代償が代替でもされたのかもしれないな。”目から関係性の消失”へと」。欠落の真相は不明だが、もしある時このことを思い出せたなら、この記録ももっとマシなものに出来るだろう。


 シートは川岸へと降りる階段付近に長方形の形に敷かれていた。そこで十数人がピーナッツやポテトチップスなどのつまみを頬張りながら紙コップにビールを注ぎ、思い思いに話をしている。

「皆さん、お疲れさ――」

「おおのぉ、おっろぃぞ〜」

 太と宗像が集まりに着くなり、眼鏡をかけた女性がよろよろと太の方によってきた。

「あの佐々木さん。まだはじまったばかりだと思います。っていうか、出来上がるの早くないですか」

「なんのこれしぃき〜」

 ひっく、としゃっくりをしながら佐々木さんは虚ろな目で太を見る。まだ午前十時を過ぎたくらい、三十分も経っていない時間なのにどうしてこの人は酔っているのだろうと太は思う。

「それはね、この人は先日丁度失恋をしてしまったからだよ」

 まるで太の心を読んだかのように、中肉中背で短髪の男がシートから立ち上がり太に言った。

「惣領さん」

「だから着いて聡早々で申し訳ないんだけど、彼女を慰めてやってくれないか」

「は、はあ」

 やけ酒。それで酔うのが早いのかと、太は納得した。彼女は常々から酔いやすい人だが、いつもそんなに早くに酔うことはなかったからだ。

「じゃ、そういうわけでちょっと俺は席を離れる。おーい皆、宗像と太が来てくれたぞ」

 シートの中に迎えられた太と宗像は飲み物を振る舞われ、つまみをもらい、そして佐々木さんに絡まれた。

「はあ、大変だ」

 頃合いを見計らい、太は「ちょっと買い出しに行く」などと言ってブルーシート席を離れて公園の手すりに寄りかかって休憩していた。花見とは言うけれど、花を観てる余裕なんてないなー、などと太は心の中で一人呟く。

「っていうか皆花見てるのかな」

「一応観てるんじゃないか」

「そうなんですかね」

 聞き覚えのある男の声。聞き覚えのある声だったので、太も自然と返事をしてしまった。

「つっても、メインは集まって飲み食い話すことだろうけどな」

「ですよね」

 ちょっと気だるげそうなこの声は誰であったか。春の陽気で思考が鈍っているせいか、太はその声の主がすぐに出てこなかった。

 誰であったか。大学生ではなかった筈だが。

 ぬっ、と顔が横に出てきた。うららかな天気のせいか、気だるげそうな顔が一層気だるげそうである。

「すまん、あまりに自然に受け入れているが、そろそろ何か反応してほしい」

「……天野、さん!?」

 太は勢い良く後退る。目を見開いて凝視しながら人差し指で自分を指差す太に天野は少し顔をしかめる。

「リアクションは嬉しいが、少しオーバーだ、太君。まるで俺がここにいるのがさもおかしいみたいじゃないか」

「い、いえ。すみません。でも何でここに」

「まあ単純に大学の集まりだ」

「そ、そうですか」

「おいおい、何だその顔は。俺だって祭りの一つや二つには顔くらい出すぞ。割と嫌いじゃないしな」

「へえ、そうなんだ。意外」

「うおっ!」

 仰け反る天野。そこに立っていたのは望月であった。

「いきなり耳元で囁くのは止めろ望月。心臓がビクついちまったじゃねえか」

「も、望月さんまで」

「どーも、太君」

 望月は呑気そうに手を振る。

「なんか分かりきってること聞きますが、やっぱり花見ですか」

「ま、桜の季節だからね。私も古くから付き合いがある人達と来たってわけ。ああ、小梅ちゃんも来てるわよ。ね、小梅ちゃん」

 そう言って望月の背から弓納がひょっこりと出てきた。

「おはようございます。いえ、こんにちは? ですかね」

「おはようございます、かな。小梅ちゃんは高校の友達と?」

「いえ、望月さんの集まりに参加させてもらってます。お酒は飲めないのですが」

「そんなこと気にしなくていいのよ。あと無理してノンアルコールを飲まなくてもいいから」

「いえ、そんな」

 弓納は慌てて手を振る。

「それにしても、まあ揃いも揃ったな」

「あら、言われてみればほんとね」

「こういう偶然重なるとちょっと怖えな。もしかしたら何か起きたりとかしねえよな」

「天野さん。縁起でもない」

「いや、悪い。太君」

「いいんじゃない、たまにはこういうことがあっても」

「あの子にも見せてあげたかったな」

「太君。何か言った?」

「あ、いえ、何でもないです」

 そう言って、自分がさっき「あの子」と言っていたことを思い出した。

 あの子? あの子って誰だ。

 何か、大事なことを忘れている気がする。

 太の携帯が鳴る。確認すると、それは宗像からだった。

「あ、すみません。そろそろ行かないと」

「そう? じゃあまたね」

「はい。ではまた」

 コンビニで宗像から頼まれたものを買うため、太は雑踏を掻き分けて公園の外へ出る。

「ふう」

 公園の外はほぼいつも通り。さしづめ、この公園の外と内を分けてる柵は結界だな、と太は思った。公園の活気を外へと出さないための結界。

「さてと」

 太は道路向かいをちょっと行った所にあるコンビニに向かって歩き出した。

 ……の。

「?」

 気のせいか、と太は思った。懐かしい声がした気がした。

 あの!

「え」

 太は思わず振り返った。

 そこにいたのは、淡い黒髪、絹のような髪が特徴的な、笑顔が似合いそうな女の子。

 黒? でも何処かで。

「すみません。ちょっとお伺いしたいのですが」

「……はい、何でしょう」

「北野神社の行き方って分かるでしょうか?」

 その女の子は言った。

「ああ、北野神社でしたら――」

 太は少女の持っていたガイドブックの地図を見ながら道を教えようとする。


 ……ああ、何だったかな。

 何か大切なものを忘れている気がする。

 でも何でだろう。

 何となくそれを聞けば、その大切なことを思い出せるんじゃないだろうかって。


「丁寧にありがとうございます」

 女の子は元気よく深々とお辞儀をする。それから何か思い付いたかのように「あっ」と言って肩にかけていたカバンの中に手を突っ込む。

「あのう、持ち合わせがこれくらいしかなかったのですが、よかったら飴は如何ですか?」

 そうして女の子は手を差し出した。その手の平には透明な袋で包まれた抹茶色の飴玉がちょこんと転がっていた。

「あー、やっぱ要らないでしょうか?」

「ううん。そんなことない、ありがとう」

 太はその飴玉を女の子から受け取る。

「では、私はこれにて。本当にありがとうございます」

 そうして、女の子は踵を返してその場を跡にしようとした。

「あ」

 行ってしまう。

 聞いてみないと。

 それは、大事なことだから。

「ごめん。ちょっと待って」

 気が付いたら声が出ていた。女の子は歩みを止め、振り返った。

「はい?」

「こんなことを聞いていいのか分からないけど、君の名前を教えてほしいんだ」

「私の、ですか?」

「うん。嫌だったらいい」

「いいですよ」

 女の子は朗らかに笑った。

「私の名前は」


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