【小噺】飛梅
昼を迎えた大学のキャンパスは講義を終えた学生達で溢れていた。彼らは思い思いにその休憩時間を過ごしその行動様式も千差万別だが、昼に大方の者が行う行動がある。
ランチである。
「いつもありがとうございます!」
「飛梅」と銘打たれたキッチンカー、そのカウンターから高くて快活な声が響く。声の主は四十川五鈴、このキッチンカーの持ち主である。
「ふう。少し落ち着いたかな」
四十川が一息ついていると、
「これを一つ頼む」
男の声がした。一瞬ぼうっとしていた四十川は慌てて返事をする。
「あはい! 少々お待ちをー、ってあら天野先生」
「やあどうも。儲かってるかね?」
天野は陽気に話しかける。彼はこの「飛梅」の常連であり、四十住とも他愛のない世間話をする仲であった。
「ええもう、お陰様で」
「それはよかった。ところで四十川さん」
「はい?」
「最近小耳に挟んだのですがー……」
「なんですかもう、勿体ぶって」
「貴方の頭からなんかこう、獣のような耳が生えているのを見た云々という話があるみたいで」
ビクッ! 四十川の全身が小刻みに震え始める。
「な、な」
「ましかし、そんな馬鹿な話があるわけありませんな。化け狐や狸が料理なぞ小器用なことが出来ませんでしょうし。弁当なんぞすぐにお葉っぱに戻ってしまうだろう」
「そ、そうですよ。もう誰なんですかね、そんな根も葉もない話を広げたのは~」
「おや、どうしました。少し落ち着きがないような」
「ははい? どどどどいういうことで?」
「……」
「……?」
「……おっと、失礼」
天野が手を振り上げるとふわりと風がキッチンカーに舞い込んだ。その拍子に四十川の髪を包み込んでいた三角巾の結び目が不自然に解けて飛び上がり、キッチンカー奥のテーブルにそっと舞い落ちた。
「あ」
「あ」
四十川の顔がみるみる内に青みを帯びていく。
「あいえ、これはその」
四十川の頭には獣の物と思しき耳が慎ましく鎮座していた。
○
―― 北宮神社 社務所
「なんだって化け狐が商売なんかを」
「狐じゃありません。鷽ですう」
普段着に身を包んだ四十住はおろおろしながら答える。
「ほう、そうだったのか。こいつはうっかり。いや、そういう問題ではない」
「ちゃんと許可も取ってあります! ほら、この通り」
四十川はバッグからクリアケースに入った書類を取り出して天野に翳す。
「なんでしたら、お役所に確認を取ってもらってもいいですよ」
「ふ~む。嘘を言っているわけでもなさそうだな」
書類を凝視しながら天野は唸る。
「だが、役所は君が人じゃないことを知っていたのだろうかね……?」
「え、それはー、その」
「まさか君の素性を細かく調べんだろうし。もし君のことが分かったら――」
「どうかこの通り多めにみてください!」
四十川は勢い良く土下座する。
「私はちゃんと真っ当に働いていますし、年貢、えと、税金だってしっかりきっかり払ってます!! それとも貴方は人間じゃないからってだけでとりあえず排除する鬼畜教師!!?」
「おい人聞きの悪いことを言いなさんな」
こんなことを望月に聞かれたらまた話のタネを提供してしまう。天野は思わず心の中でげんなりとした。
「なあ四十住君」
「はい」
四十住はうるうるした瞳で天野を見るが、天野は目が合った途端に顔をそらしてしまう。
「その、審査は厳しいが、妖怪でも正式に飲食の許可を取ることは出来る。別にあるんだよ、そういうとこが」
「へ、そうなのですか」
「ああ。やましいことがないなら問題ない筈だ。それに、俺もこんなことで折角の美味しい弁当を失いたくないからな」
それを聞くと、それまで困惑していた四十住の表情が光に照らされたかのように明るくなった。
「ありがとうございます先生!」
「おいやめなさい。抱きつくんじゃない」
天野君いるー? 廊下の向こうから凛とした声が聞こえてきた。少しずつ足音が近づいてくる。
「ま、待った」
「あ、いたいた。天野く」
望月の視線が上から下へとゆっくりと流れていく。
「誤解するなよ望月。これはな」
「あら、ごめんなさいね。お邪魔しちゃった?」
優しい声だが、特に目は笑っていない。
「違うからな。太君とか弓納君に言うなよ」
「それじゃあ、用件は後からね」
「待て。お前わざとだろ」
「ああ、それと」
望月は踵を返す。
「神聖な神社での睦言はほどほどに」
「お、おい。おいおいおいおいっ!」
天野はおろおろするが、望月は聞く耳を持たないとばかりにその場を後にしてしまった。
「もう、好きにしてくれ」
疲れきった表情で天野は項垂れた。




