プロローグ
薄暗い月夜の下、咆哮が木霊する。
近くで聞けば明らかに人のものでないそれはしかし、少し離れて聞けばバイクのエンジン音程度にしか聞こえないのであろう。
だが、目の前の現実が全てを物語っている。
それは人ではない。まして、獣ですらなかった。
異形。
目の前のそれは、正にその言葉にふさわしい貌であった。
ぐるるる、と笑っているのか威嚇しているのか分からない音が異形から発される。
一つだけ分かるのは、自分はこのまま無事に帰り着くことが出来ない、ということだった。
「……ついてない。ここで終わり、か」
好奇心というのは厄介だ。
知りたいという欲求は時に生存欲求すら凌駕してしまう。
ブレーキの外れたそれにいくら危険信号をかけても無意味である。
だが、
生存本能は極めて正しかった。
「クモさんさ、どうか助けてくれんかね」
絞りだすように言った。が、それが無駄な足掻きであることはとうに分かっていた。
青年は覚悟を決めた。
(終わる時は呆気ないもんだ。はあ、まったくもう)
途端、ここに至るまでの過程が鮮明に流れ始める。
(走馬灯? 結構、最近のことばかりなんだな)
しかし彼は考えるのをやめた。そして、ただ流されるままにその記憶を辿り始めた。
○
歴史は勝者の産物だ。まして神話となれば尚更である。
だが、無理やり継ぎ接ぎして生まれた物語には細かな綻びが生じるものだ。
そしてその綻びは、隠された真実が確かに存在した証でもある。
彼らは、過去の幻想物語となってなどいない。
今も脈々と息づいており、その片鱗をこの世界に覗かせているのだ。
これは、この物語はそうした者共によって引き起こされた事象の顛末であり、
私が書きとどめていた見聞録である。