終焉
朝を告げる鳥たちの囀りに、椅子に腰掛けて本を読んでいたライルはもう一度じっと開いていたページを見ると、顔を僅かに怪しく歪ませながら、パタリと本を閉じ、椅子から立ち上がった。
そしてライルはサッと身支度を整えると、再びその本を手に取り、小脇に抱え、自分たちとは違い死した今も睡眠を必要とし、そろそろ目覚めるであろうイリイアの元へと向かった。
しばらくしてイリイアの部屋の前へと辿り着いたライルはコンコンと部屋の扉をノックした。
するとすぐに中から少しばかり眠そうな返事が聞こえ、ライルはゆっくりと扉を開け、その部屋に入った。
『イリイア、おはよう』
ライルが部屋に入り、窓際でまだ少し眠いのか時折目を擦りながら外に広がる庭園を眺めていたイリイアに声をかけると、イリイアはライルの方へと振り向き、嬉しそうに笑顔を浮かべ、ライルに駆け寄った。
『おはよう、パパ!』
ライルはそう言いながら抱き着いてきたイリイアを優しく抱き締め返すと、ゆっくりと愛おしそうにその頭を撫でた。
イリイアはライルのその行為にさらに嬉しそうに笑い、大人しく撫でられていたが、ふと視線に入ったライルの脇に抱えられた本が気になり、顔をあげて、不思議そうな顔でライルを見つめた。
『パパ?何かあったの?』
『時が来た』
『……』
『ほらこれを見てごらん』
そう言ってライルは脇に抱えていた本をイリイアの前にひろげた。
イリイアはその本に映る、とある人物の様子に嬉しそうに怪しく笑うと、再び窓際により、そこから見える庭園にあるガゼボにいる少年をじっと見つめた。
『あの子を使うの?』
『これはあの子にしか出来ないよ』
『……』
『イリイア?出来るよね?』
『……』
イリイアはライルの反論を許さないとでも言うかのような強い言葉にしばらく黙り込んでしまったが、それでも緊張した顔でコクリと首を縦に降った。
するとライルは表情を緩めさせ、嬉しそうに笑うと、イリイアのそばに歩み寄り、優しく頭を撫でた。
そしてその後、イリイアを優しく抱きしめると、手を広げて、何事かに集中するかのように目を閉じた。
イリイアがどうしたのかとライルを眺めていると、しばらくしてライルの掌にポンと鍵の束が現れた。
『パパ?』
『イリイア、これがなんだか分かる?』
『鍵の束だよね?…でもどこの?』
『これはデリアの部屋とその中の檻の鍵だよ』
『え?』
イリイアが驚いたようにライルと視線を合わせると、ライルは優しく微笑み、イリイアに鍵の束を渡した。
そして少し悲しげに顔を歪めると、真剣な声でライルはイリイアに声をかけた。
『イリイア、君はデリアと逃げるんだ』
『え?』
『あの子がことを成せばこの世界は消える。だから…』
『パパは?パパはどうするの?』
『…一緒には行けない』
『……』
『…ほら、もう時間がない』
今にも涙が流れてしまいそうな程、悲しげに顔を歪めたまま動こうとしないイリイアの頭をライルは優しく撫でると、部屋の扉の方へと向かうように促したが、イリイアはしばらく愚図るようにライルの服の端を掴み、頑なに動こうとはしなかったが、しばらくすると諦めたようにライルの服から手を離し、扉の方へと向かった。
しかしイリイアはもう一歩で扉に手が届くという所で急に立ち止まると、ライルの方を振り返ることなく、声を掛けた。
『パパ…』
『イリイア…』
『…ありがとう』
イリイアはそう聞こえるか聞こえないかの小さな声でそうぽつりと告げると、扉を開き、そのまま部屋を後にした。
そして再びバタンと扉が閉まると、ライルはゆっくりと窓際に近づき、未だ庭園のガゼボで本を見続けている少年を哀れみの目でしばらく見つめていた。
そしてしばらくした後、少年のいるガゼボにイリイアが近づいていくのを見つけると、ライルは安堵したように息をつき、窓際から離れ、持ってきていた本を再び小脇に挟んで、イリイアの部屋を後にした。
そして何が嬉しいのか零れそうになる笑いを必死に堪えながら、まるで終わりゆく世界を楽しむかのようにゆっくりとライルは当てもなく廊下を歩いていた。
それからどれだけたっただろうかライルは急に自身に走った身体の痛みに事が成功したことを感じると、その場に立ちどまり、持っていた本を広げた。
本に映る下界では数人を除き、数多の人々の死体がのを埋めつくしており、その中心で一人の男が全てを終わらせようと銃を構えていた。
ライルはその下界の様子に満足そうに笑うと、しっかりとした足取りで目的の場所へと向かって歩き始めた。
そしてしばらくして屋敷の最奥にある部屋に辿り着くと、誰かが急いで逃げ出し、閉め忘れられたのであろう扉をゆっくりと動かし、ライルは部屋へと入っていった。
ライルがその部屋に入ると、目の前には煌びやかな装飾に彩られた
玉座のような椅子に座ったまま、血を流し、既に事切れているであろうデリアとまだ辛うじて生きているのか、必死にデリアの元へと向かおうと椅子の手前で踠くカイルが目に入った。
ライルはそんな部屋の様子に少しも動じることはなく、嬉しそうに笑ったままカイルのそばへと向かった。
そしてカイルはライルがそばに寄ってきたのを感じると、スっとライルの方を向き、ライルを睨みつけた。
『…ライル!!』
『…カイル……』
『…裏切ったな!?』
『…カイル』
流れる血にも構わず、カイルは声を荒らげ、今にもライルに掴みかかろうとしたが、ライルはそれを少しばかり悲しげな表情で受け止めると、その場にしゃがみ込み、カイルの身体を抱き締めた。
『カイル…裏切ったりなんてしてないよ…?』
『黙れ!!…俺から…母様を…デリアを…』
『……』
『返せよ!!デリアを返せ!!』
『……』
抱き締めたライルの腕の中で返せと喚きながらカイルは必死に抵抗したが、負った傷によって体力を失った状態ではどうすることも出来ずにいた。
ライルはそんなカイルの身体をより強く抱き締めると、じっとカイルを見つめながら呟いた。
『カイル…落ち着いて?』
『……』
『俺がカイルを裏切るわけないでしょ?』
『……』
『俺はね、もう全部終わりにしたいだけなんだ』
『……?』
そう言ってライルは抱き締めていたカイルの身体をそっと離すと、怒りを込めながらも訳が分からないと困惑した表情を浮かべていたカイルと自身との間に持ってきていた本を広げた。
そしてそこには自身の頭に銃を突きつけている男と、その周りに血を流し倒れている彼によく似た男とその男の娘であろう少女が映されており、それを見たカイルは状況を察したのか、先程までの様子が嘘かのように大人しくなり、小さくため息を吐いた。
『カイル…君の依代は壊れた…もう俺らにできることは無い』
『…だから母様を?』
『母様はどうでもいいよ』
『……』
『…そんなことより…』
『…お前も…か…?』
カイルの問いにライルがコクリと頷くと、カイルは仕方ないとでも言うかのように今にも倒れそうな身体を起こすと、そっとライルに近寄り、その身体を押し倒した。
『…ごめんねカイル…』
『なにが?』
『母様とアイツらのせいで自殺は出来ないから…』
『大丈夫だ…ちゃんと殺すから』
カイルはそう呟いて、ライルに微笑みかけると、残された力を全て使い、ライルの首を絞めあげた。
ライルは息の出来ない苦しさに踠きながらも必死にカイルへの愛を囁き、最期には愛していると微笑みながら告げ、そのまま首に赤い刻印を残して息を引き取った。
そしてカイルも事切れたライルにそっと愛を囁くと、動かなくなった唇に触れるだけのキスを落とし、ライルの上に折り重なるようにして倒れ込み、息を引き取った。