吾輩は猫デュエル
今、小中学生~大人の間で大人気のトレーディング・カード・ゲーム『アニマルワールド』。
分かりやすいルールと可愛い絵柄で男女問わず人気のあるゲームで、休み時間や放課後などには、教室で決闘が盛り上がっていて、この市立天馬小学校でも例に漏れず流行している。
私は猫乃 珠姫、目がくりっとしていて、よく小動物っぽいねって言われるけど、私的には子猫みたいで可愛いと思っている。だって、あの可愛らしい子猫と一緒だよ? 可愛いに決まってるじゃないっ! 私は猫が大好きで、『アニマルワールド』でも猫が描いてあるカードばかりが入っている猫デッキなんだ。
今は放課後の時間を利用して、友達の月ちゃんと決闘しようとしているの。
机を挟んで座っているのは、黒髪で前髪を揃えて切ってあるのがチャームポイントの桜井 月ちゃん。私の親友で可愛いもの好きな子なんだ。二人とも『アニマルワールド』は強くないけど、可愛い絵柄を眺めているだけでも幸せなの。
カードを上下4枚ずつ並べて、8枚置くと最初に戻って重ねていく。これはディールシャッフルと言って、時間は掛かるけど、よく切れるしカードも痛めないんだ。まぁこの前、読んだ雑誌に書いてあった受け売りだけどね。
シャッフルが終りカードの束を相手に渡してカットしてもらう。これは不正防止のためだから、友達同士のときは必要ないんだけど、つい癖で差し出しちゃうの。そのタイミングで月ちゃんが何かを思い出したように、ランドセルから本を取り出した。
「そう言えば、珠ちゃんに見せたい記事があったんだよ」
彼女は見せたいというページを開いて見せてきた。そこには『アニマルワールド』の大会の様子が書かれていた。月ちゃんはその記事の写真を指差しながら
「珠ちゃん、猫デッキ使うじゃない? この人もそうらしいんだよ」
「へぇ~……このひと?」
私が首を傾げたのは、月ちゃんが指差してる人物が、和服を着て猫の被り物をしていたからだった。私がリアルでこの人に会ったら、迷わずランドセルの猫型防犯ブザーを引っ張るっ! それぐらい怪しい見た目だった。
「猫老師って名前らしいよ、結構強いんだって」
「そうなんだ……まぁいいや、さっそくやろっか、月ちゃん」
「うん、負けないよ~珠ちゃん」
月ちゃんは雑誌をランドセルに戻すと、私のデッキをカットしてくれて私の前にカードの束を置いてくれた。
『アニマルワールド』は、まず手札を六枚引くところから始まる。手札を見てから一度だけ交換できるルールで、某有名カードゲームから『マリガン』と呼ばれている。私は良く知らないけど、何故かそう呼ぶプレイヤーが多い。
今回は特に問題がなさそうなので私はそのまま、月ちゃんは一回交換した。そしてじゃんけんで先攻後攻を決めて始める。この勝負は私が先攻だ! よーし、頑張るぞっ!
そんな感じでしばらく月ちゃんと遊んでいると、後に人の気配がしたので私は思わず振り返った。
そこにはいかにも意地悪そうな顔をした男子が立っていた。こいつの名前は犬飼 本気、何故かいつも絡んできてウザったい男の子だ。自己紹介された時に、本気って名前を聞いて大爆笑したのを、根に持っているのかな?
こいつは『アニマルワールド』の地区大会で優勝したこともあるからって、いつも自慢してくる。
「犬飼君、何の用? 気が散るんだけどっ!?」
「猫乃、まだそんな猫デッキなんて雑魚デッキ使ってんのかよ」
「私が何を使おうと勝手でしょ!」
大好きな猫ばかりを揃えた猫デッキ、正直このゲームの中で猫デッキの評価は恐ろしく低く、雑魚カード扱いされることがほとんどだ。猫カードには『速攻』という出した瞬間、攻撃できる手段があるせいか攻撃力がとにかく低い。今、大人気の犬デッキに比べれば雲泥の差である。
それでも私が好きだから使ってるのに文句を言われる筋合いなんてないっ! 犬飼君は、私の手札からカードを勝手に引き抜くと、そのカードを見て鼻で笑った。
「なんだ、このカード? 『猫の大行進』? こんなもん入れてるのかよ、こんなカードが発動できるわけねぇだろ、馬鹿じゃねーのか?」
猫の大行進 -[コスト4] 場にいる【猫】属性の枚数だけ相手のプレイヤーに直接ダメージ、ただし5体以上の猫属性のカードが場に出ていないと使えない
私が持ってる数少ないレアカードを馬鹿にしたな~! 確かに条件が厳しすぎて一回も発動できたことないけど……それでも私が大好きなカード! しかも、そのカードをこともあろうか床に投げ捨てた。
私はカッとなって、犬飼君に掴みかかった。月ちゃんは慌てて私を止めに入り、犬飼君も友達に止められて引き離された。
「そんなに言うなら勝負してやるぜ、猫乃!」
「いいわ! コテンパンにしてやるからっ!」
こうして私と犬飼君との戦いが始まったのだった。
◇◇◆◇◇
放課後 帰り道 ──
私は泣きながら通学路を歩いている。その肩を月ちゃんが擦ってくれている。私と犬飼君の勝負は、私のボロ負けで終った。何も出来ずに負けた……私の猫カードたちは犬飼君の犬カードにまったく歯が立たなかった。
「元気出して、珠ちゃん。犬飼君の犬デッキは強すぎるよ~」
「う……う~……」
月ちゃんは慰めてくれたけど、犬飼君の勝ち誇った顔を思い出して悔しくて涙が出てくる。
しばらくしていつもの道で別れると、月ちゃんは、何度も振り返って心配そうな顔をして手を振っている。私は涙を拭うとキッと唇を噛んで、家に向かって走り出した。
◇◇◆◇◇
猫乃家 珠姫の部屋 ──
母さんに泣いた顔を見せたくないので、私は帰ってからすぐに二階の自分の部屋に飛び込んだ。自分のデッキケースをカードを取り出し、クローゼットからストックボックスを引っ張り出すと、すぐにデッキの見直しを始める。
「次は絶対勝つんだからっ!」
打倒、犬飼君っ! これが私の目標になったのだった。
その後しばらくデッキを考えていると母さんに夕食に呼ばれ、食卓に顔を出した途端、泣いたことがバレて問い詰められたけど、私は恥ずかしくて理由は言えなかった。
夕食が終り部屋に戻った私は、再びデッキを見直してからパソコンの電源を付けた。
ブォンッ!
という軽い音と共に起動したパソコンを操作して、ネット対戦用の『アニマルワールド』をクリックした。『アニマルワールド』は、リアルのカードを読み込むことでネット対戦でも使用できるのだ。これがこのゲームが爆発的に人気がでた要因らしいけど、私にはよくわからない。
とにかく、これで腕を磨いて犬飼君を倒すんだっ!
ネット版『アニマルワールド』にデッキを取り込んでいると、ピコンッとチャットアイコンが点滅しはじめた。それをクリックするとチャットウインドウが開き、見慣れた名前が表示されていた。
「あっ、ラブリーちゃんだ!」
ラブリーちゃんはネット版をやっているときに出来た友達で、ハンドルネームはラブリーキャットという名前だ。私より全然強いけど同じ猫デッキを使うので、私たちはすぐに仲良くなってボイスチャットをしながら対戦する仲になっていた。
私がボイスチャットのヘッドセットを装着して、ビデオアイコンをクリックするとラブリーちゃんの顔が画面に表示された。
「ラブリーちゃん、こんばんは」
「やっほータマちゃん。今日も対戦しようよっ!」
「うん、いいよ……」
「あれ、タマちゃん大丈夫? なんか暗いけど?」
やっぱりバレちゃった。あんなにボロ負けして馬鹿にされたんだから、すぐに元気を出せって言われても難しい。仕方がないので、私はラブリーちゃんに今日起きた出来事を話した。
「何それっ!? ひど過ぎるっ、許せないよ!」
私の話を聞いたラブリーちゃんは凄く怒ってくれた。同じ弱いと言われている猫デッキ使いということもあり、ひょっとしたら彼女も馬鹿にされたことがあるのかも? 私がそんなことを考えているとラブリーちゃんが
「タマちゃん、そいつを見返すんでしょ!」
と尋ねてくる。もちろん見返したい……でもさっきデッキを組んでみても、やっぱり勝てる気がしなかった。
「うん……勝ちたいけど……やっぱり猫デッキじゃ……」
「ちょっと待っててっ!」
ラブリーちゃんはヘッドセットを外して、部屋の外から出ていったみたいだった。しばらくしてバタバタと音を立てながら、ラブリーちゃんが戻ってきた。顔は見えないが後ろには和服を着た人が映っている。どうやら彼女はこの人を呼びに行ったみたいだった。
「お待たせ、タマちゃん。お兄ちゃんを呼んできたよっ」
「お兄ちゃん?」
「うん、お兄ちゃんは強いから教えて貰えば、きっと勝てるよっ!」
ラブリーちゃん、お兄ちゃんが居たんだ? じゃ後にいる人がお兄ちゃんなんだね。テキストチャットがピカピカと動き文字が表示される。
「吾輩は猫老師である。いつも妹がお世話になっている」
えっ? 猫老師って今日月ちゃんが言ってた人? あの猫の怪人? 本当に!?
「猫老師って、猫の被り物の?」
「あれタマちゃん、お兄ちゃんのこと知ってるんだ? うん、ほらっ」
ラブリーちゃんが動かしたのか、ウェブカメラの映像が動いてキーボードを打っている人が映し出された。そこには確かに猫の被り物をした和服の人物がキーボードを操作している。写真で見ても怪しかったけど、映像で見るとなお怪しい。
「とりあえず、決闘を見せて貰いたい」
「……と言うことだから、まずは私と決闘しよっか」
「う……うん、よろしくね」
しばらくして、私とラブリーちゃんの決闘は、私のボロ負けに終った。
さっき組み換えたカードが全然回らなかった。全然ダメ……これだったら最初のデッキのほうがバランスがよかったかも。
「うむ、犬デッキに対抗しようとして、無理に火力を上げようとしたのかな? バランスがあまりよくないようだ、無駄が多すぎる」
「お兄ちゃん、言いすぎだよっ!」
猫老師の言葉に私が落ち込んだのを察したのか、ラブリーちゃんが文句を言ってくれた。でも自覚があるぶんだけ逆に辛い。
「では、次は吾輩と戦ってもらおう」
猫老師がヘッドセットを付けたのか、突然少しシブい声が聞こえてきた。私が驚いていると画面に再び猫怪人が現れた。あの被り物の中にヘッドセットを付けているのかな?
「よ……よろしくお願いします」
大人の男の人はちょっと怖いけど、月ちゃんが言うには猫老師は凄い強いらしい。戦ってみれば何か掴めるかも?
「では、決闘開始だ」
そして、私と猫老師の決闘が始まった。
何戦か対戦してみたけど、確かに猫老師は強かった。猫デッキの特徴である速攻を上手く使って、こちらの準備が整う前にライフを削りきってきたり、準備が整って速攻の利点がなくなると、私では考え付かなかったスキルの組み合わせで、貧弱と言われている猫デッキとは思えない大ダメージを当ててきたりする。
「す……凄いです、猫老師さん」
「う……うむ、そうかね? ……うぉっ!」
「ちょっと、お兄ちゃん! なに女子小学生に照れているのよっ!」
いきなりラブリーちゃんに後頭部を殴られたのか、画面に猫老師のアップが映し出される。その姿に思わず、私は大爆笑してしまった。
「あはははは」
「ふむ、ようやく笑えるぐらい元気になったようだな。……では、君に吾輩の必殺技を教えてあげよう。君は『猫の大行進』と『化猫変化』を持っているかね?」
化猫変化 -[コスト3] 場にいる全てのカードに猫属性を与える。味方の猫属性の数だけ、攻撃力が強化される
『猫の大行進』はお気に入りだし、『化猫変化』は猫カードの中では火力が高いので入れてある。
「はい、両方入ってますっ!」
「よろしい……では、実際に使い方を見せてあげよう。決闘開始だ」
こうして始まった決闘で、私は猫老師の必殺技……つまり猫デッキの真の姿を見ることになった。予想外のスキル回しに私は目を輝かせていた。
「こ……こんな使い方が!? これなら勝てるかもしれないですっ!」
「うむ、決闘に絶対はないが、調子に乗っている小僧を引っ掻くぐらいはできるだろう。む……すまない、もう結構な時間だな、妹もいつの間にか寝てしまったようだ」
猫老師に言われて、私が時計を見ると12時近くになっていた。普段ならとっくに眠っている時間だ。私は慌てながら
「えっ、もうこんな時間!? ありがとうございました。もう寝ます、また対戦してくれますか?」
「あぁ、いつでも相談してくれたまえよ」
猫老師……言っていることはカッコいいけど、猫の被り物なんだよなぁ~。私は画面に向かってお辞儀をしてからシャットダウンをして、急いでベッドに潜り込んだ。
それから半月ほど、夜な夜な猫老師と対戦と対策を練った私は、ついに犬飼君にリベンジする準備を整えたのだった。
◇◇◆◇◇
カードショップ『アニマルハウス』 地区予選会場 ──
私が犬飼君にリベンジする場所に選んだのは、地区予選の会場になっているカードショップだった。この店の戦いで優勝すると、地区大会に参加できるというわけだ。型式はスイスドローっていう勝者は勝者、敗者は敗者と戦う方式で、参加人数が16人だから4回勝てば優勝である。
この公式の場であいつを倒して、あの時の恨みをきっと晴らしてやるんだからっ!
大会は参加したことがなかったから心細かったけど、今日は月ちゃんも一緒に来てくれた。
「珠ちゃん、今日の格好可愛いねっ。おしゃれして準備万端だ~」
私の今日の格好は、お気に入りのピンクの猫パーカーに黒のニーソックス、地味な格好の男子が多い中、一際目立っている。女の子はおしゃれするとテンションが上がるんだよっ!
「吾輩、今日は負けれないからねっ! それに月ちゃんに貸して貰ったあのカードもあるし頑張るよっ!」
「あはは、やっぱりその喋り方変だよ~」
月ちゃんには笑われてるけど、必勝を願って験担ぎで師匠である猫老師と、同じしゃべり方に変えてみたんだ。ここには師匠がいないけど、師匠がいるみたいで不思議と力が湧いてくる。
「おい、猫乃! なんでこんなところに来てるんだよ? まさかあの雑魚デッキで大会に出るつもりか~?」
ニタついた顔で話し掛けてきたのは犬飼君だ、相変わらずウザイ奴だ。私のことが嫌いなら話しかけてこなければいいのに。
「そうだよ、悪い?」
「あははは、あのデッキで大会に出ようだなんて、馬鹿すぎるぜ! まぁせいぜい頑張れよな~」
犬飼君は一頻り馬鹿にすると、私の前から消えてくれた。私はその背中にべーっと舌を出してやる。隣を見ると月ちゃんも一緒にやってくれていた。
時間になり店員さんが大会開始の挨拶をはじめた。そして組み合わせを呼んで行く。小さな大会なので組み合わせ表なんてものはなく、店員さんが出場用に記入した紙を切って組み合わせを決めていくようだ。
次々と試合が決まっていく。決まった子から椅子に腰を掛けて、対戦相手と挨拶を交わしている。
「えっと……猫乃さん」
「は……はいっ!」
私も呼ばれたので店員さんのところに近付くと、店員さんは紙を捲って対戦相手を告げる。
「犬飼君」
えっ? 初戦から犬飼君!?
隣を見てみると犬飼君がニタついた顔で、もう勝ち誇っている。
「初戦からお前とはな、楽させて貰えて助かるぜ~」
「ぐぬぬ、今日は吾輩が勝つんだからっ!」
「なんだ、吾輩って? まぁいいや、さっさと座れよ」
吾輩の意味がわからなかったのか、キョトンとした顔をした犬飼君は椅子に座ると、デッキケースからカードの束を取り出している。私もデッキケースから自分のデッキを取り出すと丁寧に並べてシャッフルしていく。
犬飼君は適当にシャッフルして、デッキを私のほうに差し出してきた。
「ほら、カット」
私は無言でデッキを2つに割って、下だった束を上に重ねる。そして、自分のカードのシャッフルが終わると束ねて犬飼君の前に置く。
「カット、お願い」
犬飼君は私のデッキすら見ずにカットする。私はそのデッキを定位置に置いてから、目を閉じて祈るように手札を引く。
お願い……来てっ!
目を開くと猫老師に教えて貰ったコンボパーツが、手札に一枚ずつ入っていた。それを見た思わずガッツポーズをしてしまった。
対する犬飼君は、微妙な表情を浮かべていたけどマリガンはしないようだ。たぶん私が相手なら、その手札でも勝てると思っているんだと思う。手札が決まったあと、じゃんけんをして先攻後攻を決め、私は後攻になった。
しばらく待っていると、時間になったのか店員さんが開始の合図をしてくれた。
「決闘だ!」
「決闘だよ!」
先攻の犬飼君は、手札から『豆芝(1/1)』のカードを場に置いて
「ターンエンド」
『豆芝』はスキルとかは特にない、攻撃力もライフも1という低コストの普通のカードだ。
「吾輩のターン! ドロー!」
デッキからドローしたカードをチラリと見て、手札から『子猫(1/1)』を場に出した。
「『子猫』でアタック」
猫属性のカードは全て速攻持ちなので、そのまま攻撃を指示。
「本体で受ける。1ダメで(19/20)」
犬飼君は『豆芝』でガードせずに本体で受けた。猫の攻撃などいくら食らっても、後半の火力で押し切れると思ってるんだろう。見てろよ~後悔させてやるんだからっ!
その後、それぞれが本体を殴り合い、ターン数は4ターン目が終わって、私が14/20、犬飼君が11/20になっている。速攻を持っている猫カードのほうが優勢に試合を運んでいた。
犬飼君の場に出ているのが『豆芝(1/1)』『芝犬(2/1)』『ドーベルマン(3/1)』だった。
私の場には途中で、『子猫(1/1)』×3『まねき猫(1/2)』『シャム猫(1/1)』
『子猫』と『シャム猫』にはスキルがないが、『まねき猫』はデッキから『子猫』を召喚できるカード。ここまでは優勢だけど猫デッキが弱いと馬鹿にされているのは、このターンから後なんだ。
犬飼君はドローしてから、ニヤッと笑うとバーンと机を叩くようにカードを置いた。
「猫乃、これで終わりだな」
犬飼君が場に置いたカードは『土佐犬(1/6)』
土佐犬 - 挑発:このカードを無視して攻撃することはできない 土佐犬の遠吠え:2枚以上の土佐犬が場に出たとき、相手の場にいるカードは、次の相手のターンまでスタン
そのカードを見た私は、歯軋りをして悔しがる。だって前回もこのカードを出されて何も出来ずに負けたんだから。
「土佐犬以外でアタック」
「……本体で受けます。6ダメ(8/20)」
「ターンエンド」
私が土佐犬のライフを抜くためには、手札にある『化猫変化』を使うしかない。でも、このあとフィニッシャーのあのカードが絶対くる。ここで無理して土佐犬を倒しても負けちゃう。
師匠……このままじゃ、また負けちゃうよ……どうすればいいの!?
私が悩んでいると、犬飼君はニタついた顔でパチパチとカードを鳴らしている。その音で、私は猫老師の言葉を思い出した。
「プレイヤーが真に愛したデッキは、プレイヤーが困ったときに力を貸してくれる」
その言葉に勇気が湧いてくる。私は目を見開いて叫ぶ。
「吾輩のターン、ドロー!」
私が引いてきたカードは、『猫神様(2/3)』というカードだった。このカードは月ちゃんのお気に入りのカードで、この大会に出るって決めたときに私に貸してくれたカードだ。
私は振り返って月ちゃんを見ると、月ちゃんは笑顔で手を振ってくれた。
猫神様 - 猫神様の神通力:相手のアタック表示の際に、相手の攻撃対象を猫神様に変更できる 猫神様の葬送:このカードが猫神様の神通力によって撃破された場合、プレイヤーはコストカードを一枚増やすことができる
「『猫神様』を場に置いて、ターンエンド!」
「おいおい、攻撃しなくていいのかよ?」
「いいの!」
もうすでに勝ち誇っている犬飼君にはわからなかったんだ。このカードの持つ意味がっ!
「俺のターン、ドロー! 『ケルベロス(3/3)』を場に置くぜ。これで終わりだ!」
ケルベロス - 速攻、三回攻撃、撃破時に手札から犬属性のカードを一枚召喚できる
いつの間にか集まっていたギャラリーたちが、超レアカードのケルベロスの登場に沸きあがっていた。
「じゃフルパンだ! 全員でガードするか?」
確かに全員をガードに回せば、私のほうが場にいるカードが多いから、このターンは防げる……でも次のターンで絶対に負けちゃう!
私は意を決したようにスキルを発動させた。
「『猫神様』の猫神様の神通力を発動! ケルベロスは『猫神様』しか攻撃できない! 残りは本体で受けて6ダメ(2/20)」
なんとか攻撃に耐えた私にギャラリーたちは
「おぉぉぉ、あのピンクの子、なんとか耐えたぞ!?」
「でもジリ貧だ、土佐犬を抜いても本体を撃破できないだろ?」
「何か策があるんじゃないか?」
などと口々に騒いでいる。
「猫神様の葬送の効果で、コストカードを一枚追加」
私は6枚目のコストカードを場に置いた。しかし、犬飼君はいきなり笑い始めた。
「あっははは、次のターンに何か仕掛けてくるつもりだろうが無駄な足掻きだ。ケルベロスの撃破時効果で手札から犬属性のカードを召喚『土佐犬』を場に出すぜ」
犬飼君は再びテーブル叩くように手札から、『土佐犬』を場に置く。
「これにより、相手の場にいる全てのカードはスタンの効果、次のターンは動くことができない!」
予想外のコンボにギャラリーは大盛り上がりだ。私はフードで顔を隠して俯いている。
「これはひどい!」
「鬼畜コンボきたー!」
「あの子、もう泣いちゃうんじゃないか?」
まさに絶対絶命……誰もが犬飼君の勝利を疑わない状況、私は震える声で尋ねる。
「……ターンエンド?」
「ん? あぁ、ターンエンドだ」
その宣言を聞いて、私は顔を上げた目には涙が溢れていたと思う。
「吾輩のターン! ドロー!」
私は最後のドローを見ずに、手札から『化猫変化』を場に置いた。
「おぉ、やっぱり『化猫変化』だ」
「猫カードの数は……7枚で、攻撃力7!」
「でも、アレじゃ土佐犬を一体倒すので精一杯だろ?」
そう……このカードだけじゃ勝てない。
「吾輩のターンは、まだ終わってないっ!」
「なにぃ!?」
私はそう叫びながら、今度は手札から『猫の大行進』を場に叩きつけるように置いた。
「おぉぉぉ、ここで『猫の大行進』だ!」
「俺、初めてみたよ。猫カードが五枚出てることなんて、まずありえないし」
ギャラリーは盛り上がっていたが、犬飼君は勝ち誇った顔で
「それで? これで猫カードが8枚で、プレイヤーに8ダメ(3/20)だろ? そんなカード使ってくるなんて驚いたけど、結局届かないじゃないか」
と笑っているが、私はニヤッと笑うと宣言した。
「犬飼君は勘違いしているよ、この『猫の大行進』のダメージは14だよっ!」
「なっ、どういうことだよ!?」
騒ぎを聞きつけて、審判である店長さんも様子を見に来てくれていた。私は立ち上がると猫老師直伝の必殺技の説明を始めた。
「この『猫の大行進』の効果は、場にいる猫属性の数だけ相手のプレイヤーにダメージを与える。そして、この『化猫変化』は場にいる全てのカードに猫属性を与える! つまり、君の犬たちにも猫属性が加わっているの、だから『猫の大行進』の効果は合計で14になるんだよ!」
私の説明にギャラリーは大歓声を上げた。
「おぉぉぉすげぇ!」
「なんだ、このコンボは!?」
しかし、犬飼君は認めれないのか、顔を真っ赤にして机をバーンと叩きながら叫ぶ。
「ふざけるな、そんな効果があるわけがないだろ!?」
そして、審判である店長さんを睨みつけた。店長さんは場に置いてあった私の『化猫変化』『猫の大行進』のテキストを読んでいる。そして小さく頷くと、私の方を指しながら宣言する。
「猫乃さんが言っていることが正しいね。この勝負は彼女の勝ちだ」
その宣言により、私は両手を突き上げながらピョンピョンと飛び上がり、ギャラリーの盛り上がりは最高潮を迎えた。
対する犬飼君はボロボロと泣きながら、ギャラリーを押しのけるとカードも置いて店から出て行ってしまった。
正直もっとスカッとすると思ったけど、あの泣き顔を見たらちょっと可哀想な気がしてきた……。
その後も大会は継続されたけど、私は次の相手にボロ負けしてしまった。あのコンボは奇襲みたいなものだし、きっちりと猫たちを処理されたら使えないから、ある意味当たり前の結果だった。
◇◇◆◇◇
カードショップからの帰り道 ──
大会の予選が終わり、結果としては1勝3敗の結果に終わった。私と月ちゃんは、帰り道の土手を歩いている。
「残念だったね。せっかく犬飼君には勝ったのに」
「ううん、あいつを倒せたんだもん、私は満足だよっ」
「あはは、口調が戻ってるよ。珠ちゃん」
そんな話をしながら、参加賞として貰った可愛い猫の絵柄のプロモーションカードをニコニコと眺めている私に、月ちゃんが尋ねてきた。
「でも、良かったの? 犬飼君のカード預かってきて」
「うん、明日学校で返しておいてって、店長さんに頼まれちゃったし」
せっかくだから渡すついでに勝ち誇ってやろう。これでアイツも私にちょっかいをかけてこなくなるはずだし! これからは、また月ちゃんと一緒に可愛いカードを集めるんだっ!
◇◇◆◇◇
翌日の学校 ──
教室に入ると大会の噂を聞きつけたのか、女友達や男子たちに取り囲まれてしまった。
「猫乃さん凄い! あの犬飼君に勝ったんだってね!」
「一体、どんなデッキで戦ったの?」
しばらく質問攻めにあった私は、犬飼君にカードを返すことができなかった。
放課後になって、ようやく犬飼君のところにいくとキッと睨まれた。
「何の用だよ?」
「店長さんから、犬飼君のデッキを預かってきたんだよ。一応確認しておいてって」
私が預かってきたデッキケースを差し出すと、犬飼君は奪い取るようにそれを受け取った。
「届けてあげたんだから、お礼ぐらい言いなさいよっ!」
「うるさいなっ! 届けてくれなくたって自分で取りに行ったよ!」
なんて生意気な奴なんだろ! 私が気を利かせて届けてあげたのにっ! もういいや、月ちゃんと対戦しよっと。
私がそう思って振り返ると、その背中から犬飼君が声を掛けてきた。
「お……お前の猫デッキ強かった! でも、次は俺が勝つんだからなっ!」
私が再び振り返ると犬飼君は悔しそうな顔を伏せて隠している。そんな彼に対して私はニヤッと笑う。
「犬飼君も強かったよっ! でも……次も吾輩が勝つんだからねっ!」