第100部
第40章 教団の存在
「さて、帰るか」
「そうだね」
「ねえねえ、あの人、どうするの?」
佳苗が指差した方向には、椅子の背もたれにフカブカと身をもたせて、焦点があっていない目を宙に泳がせたままのアントイン・カブリエルがいた。
「そっとしておいたら?いずれ、回復するでしょう」
そして、彼らは、来た方法と同じやり方で、帰ろうとした。しかし、突然電気が切れた。
「え?停電?」
外を見ると、それぞれのブロックごとに電気が切れていっていた。
「うっそ、こんな時代で停電?」
すぐさま、臨時放送が流れた。
「非常事態宣言です。無期限外出禁止令です。部屋から出てはいけません。家から出てはいけません。停電により、外出は不可能です。外出中の者は、今すぐ近くの公共施設に避難してください。繰り返します。非常事態宣言です。無期限外出禁止令です………」
「どうしよう、ここから出れないよ」
「とにかく、落ち着こう。さて、食料は?」
「私、少しだけあるよ」
「俺は、水を持っている。でも、食べ物はないな」
「とにかく、電気、ガス、水道、ライフラインは完全に止まっているだろうな。結局の所、電気を流さないといけない」
"困っているだろうな。お前達"
「あ、そうか、クリスタルか!」
"そうだな、この俺の入っているこのクリスタルの中には、電力が入っている。臨時ながらも、1日ぐらいは出来るだろう。その間に、復旧する事が出来れば…"
「復旧するのは、向こうの人達にまかして、こっちは、電力を直接入れないといけないな」
そして、長見はコンセントに電源ケーブルを差込み、もう片方をクリスタルに当てた。そして、魔法の力で、一気に中の電力を外に放出した。一瞬の内に、円状に電力が回復していった。次々とビルに電気がともっていった。
「これでよし、さて、この中の電力は、どれだけだっけ?」
「だいたい、300億Wのはずだよ。それは、この東京が使う一日分の電力に匹敵するんだ」
「それって、やばいと思うけど、私だけ?」
「いや、みんなそう感じてると思うよ。とにかく、今日は、みんなここに泊まろう。会長、いいですよね」
会長は、返事をしなかった。外では、東京市の職員の人が広報車に乗って走り回っていた。
「電気は復旧しました。しかし、いつ再び停電するか分かりません。非常事態宣言は、現在も発令中です。安全宣言をもって、解除されます。それまでは、治安維持省関係者及び非常事態班職員以外は外出できません」
繰り返し言っていた。それを聞きながら、考えていた。
「そう言えば、ここって、したから何メートルあったっけ?」
「1450」
「だとすると、相当下じゃあうるさいよね、だって、ここですらはっきり聞こえるんだぜ。下では、どれほどうるさいんだろうな」
扉が開いた。電力会社の人が入って来た。
「失礼します、会長…あれ?会長はどうしたんですか?」
「いろいろありまして…今は、正常な機能をしていません。どうしましたか?」
「あ、代理の人ですか?自分は、東京中央電力特別公社の者ですが、ここから、電力が供給されているので、どうしてかを伺いに来たのです」
「それでしたら、スカイフェアの重力発電のクリスタルを使っています。これで、一日分の電力はまかなえます」
「そうでしたか…しかし、おかしいですね。重力発電所のクリスタルは、第1種特別鉱物に指定されているはず、ここに持ってこれるはずがありませんが?もしかして、あなた達、教団が探していた…」
「扉を封印、誰も入れさせるな。特殊結界フィールド展開、最大でだ」
長見が的確に指示をコンピューターに出していった。そして、誰もこの部屋から出られなくなるまでに、まばたきほどの時間も要らなかった。
「さて、少しお話を伺う必要があるようですね。教団とは、何ですか?」
「…その事は、話すなと厳命されています。何も情報を漏らすなとも」
「そうか、ならば仕方があるまい。すまないが翔平、こいつを椅子に縛り付けてくれ。出来れば、肘置きつきの」
「了解した」
会長が座っていた椅子を持ってきた。その間に、長見と佳苗が彼に行動不可の魔法をかけていた。
「会長はどうしようか」
「そこらへんに転がしとけ。さて、紐がないな…」
長見は、錬金術を使い、物質を構成した。
「さてと、これでこいつを椅子に縛り付ける…これでいいだろう。さて、ここから逃げれるなら、逃げてみなさい。さあ、教えてくれ。教団とは、なんだ?」
「…さっきも言っただろう?教団以外の者に、教えてはならぬ」
「ならば、仕方があるまい、無理にでも教えてもらおう」
長見は、彼の頭の帽子の上に手を置いた。そして、記憶開放の呪文をかけた。その記憶は、共有の呪文により、翔平と長見と佳苗の3人で共有される事になっていた。
「なるほど、そうか、ほうほう、ああ、彼らか」
手を離し、失神している彼を椅子に縛りつけたままで、この部屋の結界などを全て解除した。
「さて、これからどうしようか。外に出れば、捕まるのは必至。かといって、このままでなければ、教団に捕まるのも必至。それどころか、既にばれているだろう。どうしようか…」
「じゃあ、このまま、クリスタルとその周りだけに、結界を張るのはどうだろう」
「それだな、今のベストは」
そして、長見は、会長と公社の人を部屋外に放り出して、防犯カメラや隠しカメラを全て偽造し、その上で、クリスタルの周り1mの球状に、結界を張った。3人とクリスタルを守るように、そして、彼らの未来を守るように。
何時間も経ち、朝が来た。さらに、昼が来た。もう一息で日没という時、備え付けられているテレビが自動的に作動した。同時に、同じ音声が外で流れていた。
「非常事態宣言は、解除されました。電力、ガス、水道は、通常通り作動します。同時に、無期限外出禁止令も解除されました。繰り返します……」
「やれやれ、これで、外に出られる。もうつかれたよ」
「ホテルとかって、取ってたっけ?」
「いや、これからだな」
「その必要はない」
誰かが扉の所に立っていた。
「誰だ!」
「聞いてないかな?そこの公社のやつから。この俺様こそ、そのクリスタルを違法に持ち出した張本人の教団幹部だよ。さて、それを返してもらおうかな?」
「無理だね。すでに、こっちは神に認めてもらっているもんね」
「…そうか、ならば仕方がない」
一瞬の間、闇が翔平の周りを覆った。そして、過ぎ去ったあと、長見がいなかった。ふと前を見ると、教団幹部の腕の中に、意識がないと思われる長見がいた。ぐったりとしていた。
「おい!長見をどうするつもりだ!」
「さて、君達次第だね。今日、24時、旧東京駅駅舎の、中央改札口前の広場。あそこで待っている。よい返事を待っているよ」
「おい!こら!」
捕まえようとした途端、彼は消えていた。むなしく空を書ききる翔平の腕。倒れそうになる翔平を支えたのは、佳苗だった。
「大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だ。とにかく、長見を連れて行かれた…」
「警察に言ったらどうだろう…」
「いや、警察どころか、治安機関全部が、教団信奉者だ。誰も聞く耳を持たないだろう」
「でも…クリスタルを渡すわけには行かないし…」
「そうだ!いい方法がある」
翔平は、佳苗に説明した。そして、クリスタルを持って、外に出て行った。
そして、深夜、24時3分前。翔平と佳苗は、旧東京駅中央改札前の広場にいた。この広場は、元々道路の交差点で、新暦698年の地震の際、道路がめちゃくちゃに壊れたのをきっかけに、道路を均し、広場にしたのであった。そして、旧東京駅は、西暦1914年に完成した。日本が閉鎖される前は、資料が残っている1998年時点で、一日平均の乗車人数が約38万2100人であるほど、日本でも1,2を争うほど巨大な駅であった。そのような駅の前の広場で、少年と少女は、電灯すら付いていない場所で、待っていた。時計台が、12時の時報を告げた。その時だった。暗闇になれていた目だからこそ、相当明るく見えたのだろう。そのような光と風が吹いた。そして、彼が現れた。無論、長見を連れていた。
「時間通りだね。では、早速、クリスタルを渡してもらおうか」
「その前に、長見を開放してからだ」
「だったら、クリスタルをこちらに投げよ。そしたら、こいつを放そう」
「じゃあ、いくぞ」
クリスタルを思いっきり高く放り投げた。
「な、割れたらどうする!」
ダンッと、地面を強く蹴りあげた。そして、彼は、長見の方を前に押し出しながら、上に行こうとした。その間に、長見はつんのめりながらも、翔平の所に来た。その途端、別の場所に空間移動をした。そして、後には、悔しがる彼がいた。
「なんで、あいつにクリスタルをやるんだ?」
「いや、あれは本物じゃないよ」
「え?」
東京証券取引所の前の道路を歩いていた。そして、翔平は、長見にあのクリスタルについて説明した。
「あのクリスタルは、グランドール会長からもらった偽物だよ。本物は、こうしてここにある」
そして、空中にクリスタルを出した。同時に、カオス神も出てきた。
"いや、お見事だな"
「それほどでもありません。偽物の存在を思い出したからこそこの作戦を立てる事ができたのです。ただ、自分達は、ここから出て行く必要がありますが」
"なぜだ?東京は、魔法を使うのにはとてもいい場所だがな。いや、魔法ではなく、錬金術か"
「なぜです?」
"お主らは、なぜ、封印されてから300年間の短期間に、連邦政府自体が資金を投入してまでこの町を復興しようとしたか分かるか?"
「いいえ、全く」
"ならば、教えよう。この町は、いや、この列島は、4枚のプレートの上に乗っている。そして、そのプレートからは、莫大なエネルギーが放出されている。そして、そのエネルギーを利用するのが、「地殻運動型錬金術」と呼ばれる方法じゃ。だが、錬金術にはもうひとつの型があってな、そちらは「従来型錬金術」と呼ばれて、区別されておる。この従来型は、地殻運動のような莫大なエネルギーではないが、人間の生命エネルギーや、山、川、海など、高いところから低い所へ流れる水のようなエネルギーを利用しておる。このエネルギーは、とても使い勝手がよくてな。それで、古来から錬金術で使われていた。今の主流は、それら二つを合わせた、「地殻運動従来混在型錬金術」と呼ばれておる。そして、それを使うのに最も最適な場所が、この列島最高の標高を誇る、富士山と呼ばれる山じゃな。この山の直下には3枚のプレートが合わさっている。その影響で、エネルギーが出放題じゃ。さらに、地殻運動自体が、この列島を常時揺さぶっておるので、地殻運動も起こりやすい。そして、それらのエネルギーを使いやすいのは、確かに、この山なんじゃがな。いつ噴火してもおかしくないのでな。それで、最も近く、比較的安全であるといわれていたこの、東京という大都市にさまざまな錬金術関係の研究所、魔法関係の研究所がおかれたんじゃ。それらをまとめるのが、あの、魔法協会じゃ。さて、そんなものじゃな"
「じゃあ、錬金術と魔法というのは、違うものなんですか?」
"厳密にはな。じゃが、錬金術のエネルギー変換は、魔法の物と酷似しておる。さらに、古来は魔法の方が、錬金術より盛んじゃったのじゃ。それで、現在、錬金術協会は魔法協会の傘下にあるんじゃな"
「なるほど」
"さて、ここが、おぬしらのホテルじゃな"
見上げると、いつの間に着いたのが、長見達が泊まる予定だったホテルについていた。エアグループ現当主の、エア・ロレックスは、魔法協会の幹部だったので、上級魔法取得者には安くしてくれるのであった。カオス神とクリスタルを隠し、ホテルに入った。