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97.平和の祭典2日目6

喫茶室では何組かの男女が談笑していた。

僕とカトリーヌも先達にならって適当なソファに座り、主に僕が質問するという形で話し始めた。僕達が話している間に、喫茶室の男女は何組か入れ替わっていく。



「色々聞かせてくれてありがとう。そろそろ頃合いかな。ルークの所に行こう。ルークを紹介するよ」

「……ウィリアム様、私には出来る事と出来ない事がありますの」

頬を染めて尻込みするカトリーヌ。

……本当に僕の事はなんとも思っていなかったのだということが良く分かる態度だ。

「いざとなると勇気が」

「ほら、グダグダ言わないで行くよ!」

カトリーヌのささやかな抵抗を無視し、僕は彼女をルークの所まで引き連れていった。



「ルーク!」

「ウィル。また会ったな」

ルークは子羊の骨付き肉を片手に何人かの青年と談笑していた。僕が話しかけると、青年達はルークに挨拶して去っていく。

「ルークに会いに来たんだよ。こちらカトリーヌ嬢。ドラッヘン公爵領のご令嬢だよ。ルークの筋肉を見たいんだって」

散々振り回されたんだ。少し仕返しするくらい良いだろう。

「ウィリアム様、筋肉だなんて、ご冗談を!」

カトリーヌがハイヒールで僕を踏みつけた。ゴリマッチョ好きを公開する気は毛頭ないらしい。じろりとカトリーヌが僕を睨みつける。

「カトリーヌ嬢。ルーク・ヴァレンボイムだ。よろしく」

「よ…よろしくです!おおおお肉を食べるお姿もさまになっています!!」

緊張のために声が震えているカトリーヌ。

しかも何だか訳の分からないことを言い出している気がする。

「タンパク質が好きなんだ」

ルークが困ったように頭をかいた。

「カトリーヌ嬢、大丈夫?震えてるけど。ルークは単に肉を食べているだけだ」

「お……おおお似合いですわ!!」

カトリーヌの震えは変わらず止まらないので、もうこれはどうしようもないのだろう。カトリーヌにとって肉を食べるルークは震えてしまうほどの何かを持った存在なんだ。

確かにルークには野菜より肉が似合うと僕も思う。


「良かったね、ルーク。肉を食らう姿がかっこいいって。でも野菜も食べないとね」

言い終わるやいなや、カトリーヌのハイヒール攻撃第2弾が僕に御見舞された。

なんでだ!?せっかく会話が盛り上がるように助け船を出してあげてるっていうのに、この仕打ちは酷くないか?!

でも確かに会話の軌道が外れて着地点が見えなくなってきているのも事実。

見ればルークも戸惑っているじゃないか。

この流れを修正しなければ。


「……とにかく、せっかくだから、2人で踊ってきなよ」

このまま話を続けるよりは、踊ってしまった方がカトリーヌにとっては良いだろう。僕は痛みに耐えながら平静を装って、2人にダンスをすることを提案した。

ルークは僕の提案にしばらく逡巡した後、カトリーヌに視線を落として言った。

「……ダンスは苦手なんだ。今迄何人かと踊ったのだが、お世辞にも良かったとは言えない。その、がっかりさせてしまうかもしれないが……こんな俺でも良いのだろうか?」

戦闘ではあんなに自信に満ち溢れていたルークが、ダンスの事になるとしょんぼりしてしまっていた。

すると、そんなルークの様子を見たカトリーヌが震えながら意を決したようにルークに話しかけたではないか。

「ダンスが何ですか!貴方の素晴らしさは其処にはありません。苦手なら私が支えます!どうぞ一緒に踊って下さい」

その必死の形相にルークは一瞬怯んだが、直ぐにカトリーヌに微笑み返すと

「喜んでって、俺が言うと男女逆かな?カトリーヌ嬢、俺と踊って下さい」

と手を差し伸べた。

感激し過ぎたのかカトリーヌは意識を飛ばし飛ばし、なんとか手を取り前に進みでた。

僕はカトリーヌが倒れないようにカトリーヌの背中を押して、ルークに手渡した。

なんて手のかかるご令嬢なんだ。


このまま一曲、無事に最後まで踊りきることができるのだろうか……。

自分が提案した手前、僕は責任を感じて2人を会場の端から見守る。

すると、僕が1人になったためか、数人のご令嬢が僕に話しかけて欲しそうに僕の周りをウロウロとし始めた。

なんて邪魔なんだろう。

「シッ!少し集中させてくれないかな……。今何かが始まろうとしてるんだ!」

僕の言葉にご令嬢達は互いに目を見合わせる。僕がどうやら猛獣を倒した本日のMVPと1人の公爵令嬢を見ていることを察した彼女たちは、僕に倣って2人を見守り始めた。


僕と数人のご令嬢が1列に並ぶただならぬ様子に、思わぬ所から声がかかる。

「ウィリアム様……。その、この異常な事態は……」

声をかけてきたのは、昼間に会ったカトリーヌの侍女、ナーシャだった。

「その、話しかけてすみません。しかし、あまりの事態に声をかけずにはいられませんで。もしかしてこれは……」

「もしかしても何も、ルークとカトリーヌを見守っているんだよ。ここで失敗はできない。カトリーヌ嬢もよく分かっているはずだ」

「ウィリアム様……!ああ、お嬢様はなんて幸せ者なんでしょう!こんなにも心配してくださるご友人がいらっしゃる!」

……ご友人?カトリーヌと友人になったつもりはないけど……。

そう言われれば僕は何のためにここまでしてるんだろう?いや、さっきカトリーヌから色々聞かせてもらったじゃないか!これは約束に基づいた契約の履行だ!

「兎にも角にもこのナーシャが来たからには成功は約束されたようなもんです。お任せ下さい、お嬢様!……では行って参ります」


僕とナーシャが話している間にもダンスは始まっている。

見たところカトリーヌはよくやっているようだった。

ルークを支えると言った言葉は伊達じゃなかった訳だ。

ルークのたどたどしいステップが逆にカトリーヌを勇気づけているようだ。

「ああ……がんばって!踊りきることだけ考えて!」

「細かいミスはどうでもいいわ。息を合わせて…ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー……」

「周りは気にしちゃダメ!ぶつかりそうになっても周りの方が避けてくれるから……」

ご令嬢たちも僕も手に汗を握りカトリーヌとルークを応援する。

上手くいって欲しい。踊り切って欲しい。

ルークとカトリーヌのお世辞にも上手いとは言えないダンスには、周りが思わず応援をしてしまうような、人の心を動かす何かがあった。

「がんばれ……がんばれ……!」

「あともう少し……!」

僕とご令嬢たちの心はひとつだった。


曲の展開部、テンポが少し早まる部分。難しいかと思われた箇所で、僕達の予想に反してルークとカトリーヌはしっかりと息を合わせて曲についていくことができた。

「やったっーーー!」

「ああーー」

僕とご令嬢たちから思わず歓声があがる。


ルークも上手くいったのが嬉しかったのだろう。

カトリーヌに笑顔を向けた。

なんてことだ。今、笑顔はまずい。何せカトリーヌはーーー。

笑顔のルークと思いっきり目を合わせたカトリーヌは、そのまま後ろに大きく仰け反っていく。

このまま倒れてしまうかと思いきやーーー

「お嬢様!しっかりなさい!頑張りを無にするおつもりですか!」

なんと、ナーシャがカトリーヌの背中を支え、檄をとばしたのだ。侍女の言葉に意識を取り戻したカトリーヌは再びルークと向き合う。


「ああ、どうなる事かと……」

「危なかったね」

「良かった……!」

ご令嬢たちと安堵のため息をもらしていると。


「ウィル、ここで何やってるんだ……」

呆れた様子のギルの声が聞こえてきた。

「ギル!ギルこそどうしたの?」

「……エレンが誤ってお酒を飲んで体調を崩したらしい。大した事はないそうだが、様子を見に行くところだ」


ギルの言葉に僕はすっかり青くなってしまった。

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