92.平和の祭典2日目1
「ウィル、お役目を忘れるなよ。……それから、ご武運を」
朝食の後に父が僕の部屋にきて挨拶をしていった。父は、国王陛下の代わりに平和の祭典の式典とそれに伴う周辺国の会議に参加するためにこちらに来ている。昨日の夜も、僕が参加した舞踏会とは別に開かれていた晩餐会に出席しているし、今日だって基本的に僕とは別行動だ。そんな父がスケジュールの合間を縫って僕に一言かけるために会いに来た。色々訓示をたれるけど、何だかんだで僕を気にかけている父。
「ご武運を」
父は何よりもこの言葉を伝えたかったんだろう。今日の昼に行われる馬上槍試合、運が悪けりゃ死人もでる競技だけれど、それに僕も参加するから気にしているんだ。
馬上槍試合は、メールスブルクの王都の南に位置するすり鉢状の円形闘技場で行われる。ここのアリーナは、剣術試合や罪人の処刑など、あらゆるイベントに使用されているらしい。観客が多い時にはアリーナを囲んですり鉢状になっている客席を利用するが、今回は人数が少ないのでアリーナ部分に仮設の物見台と椅子をおいて観客席としている。
昨日の舞踏会参加者はほとんどの者が今日の馬上槍試合で試合をする。女性は観客席で試合見学だ。観客席が近いので、試合をする男性と応援をする女性との間に自然と会話が生まれる。会の目的には既設の客席を使うよりかはこの方が適っているだろう。
ちなみに、僕の父など年配のVIP達は、すり鉢状の観客席の一部を陣取って高見の見物だ。
「ウィリアム様、おはようございます。昨晩はよく眠れまして?」
アリーナに到着すると早速カトリーヌが扇片手に僕に近づいてきた。
ああ、今日も長い一日が始まる……。
「カトリーヌ嬢、おはよう」
また密着してくるかと身構えた僕だったが―――
「あの方は、昨日の……」
ふと無防備に呟いたカトリーヌの声に、彼女の目線の先に視線を向けると、装備を整えている精悍な男が見えた。
あれは……。
「ルークじゃないか」
無精髭は剃り、髪も整え、きちんとした身なりのルークは昨日とはまるで別人のように立派な騎士になっていた。
「カトリーヌ嬢、あれがルークだとよく分かったね。まさか以前から顔見知りだった?」
「いえ、昨日初めてお見かけしたのですが……。とても印象に残っていたので覚えていたんですわ」
あれだけの激的ビフォーアフターを遂げた初対面の人間を見破るだなんて、カトリーヌは侮れない……。もしかして、この娘、すごい観察力の持ち主なんじゃないか?
僕は妙に感心してしまった。
「せっかくだから声をかけていこう」
「行ってらっしゃい。私はここでお待ちしています」
……!?
カトリーヌのことだから、てっきり勝手についてくるかと思ったが、そうではなかった。
「君はこないの?」
正直、ついてこない方が嬉しいのだが、あまりに意外な返答だったのでつい念押しで聞いてしまった。
「私は……いいです。ではウィリアム様、ご武運を」
昨日のルークの不審者ぶりに警戒してしまったのかもしれない。
昨日のルークは本当に酷い身なりだったし、体から隠しきれない迫力と凄味が発散されていたから、用がなければ近寄りたくないと思うのが人情だろう。
きっとルークの修行の成果だ。
お陰で僕はカトリーヌと離れられる。良しとしよう。
「ルーク!見違えたね!」
「ああ、ウィル。今日の俺は調子がいい。自己ベストを達成できるかもしれない」
「おお怖っ。ルークと試合が入ってなくて良かったよ」
「はは。そう言えば、ウィルの対戦相手、一部変更になってたぞ」
「何?」
僕は全然知らなかった。
ルークは普段抜けているくせに、こういう所はやたら細かくてしっかりしている。
「エンデンブルグの王、カイン・ナーサ様がウィルに試合を申し込んだらしい。ロックオンされたな。知り合いか?」
「いや……。でも……」
エンデンブルグ王―――それは、昨日エレンをエスコートしていた人物だった。




