9.生徒会室で
学生がそろそろ学園に慣れたと思われる頃に新入生歓迎パーティーが開かれる。
その前にライラは1つ歳上の現生徒会長との出会いがあるはずだ。今年は王族が高等部に進級してきたお祝いもかねているので、まず初めにギルとエレンが挨拶し、ライラは特待生として現生徒会長とパーティーの開始の合図として踊ると言う役割がある。
現生徒会長は僕の家と対になって王家を支えるイシュマーニ公爵家の次男 ディーノだ。
ディーノは切れ長の目の冷たい印象の美形だ。黒髪に淡い紫色の瞳、透明度の高い白い肌は、中性的な顔立ちとも相まってミステリアスな雰囲気を作り出している。彼は、良くも悪くも無駄を嫌い、自分にとって得か損かで何事も割り切ってしまう。迂闊に近寄ろうものならば凍りの様な塩対応でまず、ボロボロにやられる。
前世の"私"はディーノとの会話の選択で
『………』か『……?』を選ばなければいけない局面に戦慄したのを覚えている。
得だと思った人には本心かはともかく従順になる。頑張って恋人になれればデロデロに甘やかしてくれるのだ。一部の女子には熱狂的人気があり、ディーノ様にナジられたいとか、監禁されたいとかネットで盛り上がっていた。"私"はというと、彼の塩対応をネタに同人誌を執筆。マンガのボケ役で良く活躍してもらっていた。要はギャグ要員扱いをしていた。
ゲーム中では、主人公はパーティーの前にディーノとダンスの特訓をする。ダンススキルは短期間で身につくものでは無いので、練習の度にイヤミを言われ、心がおれそうになる。いざダンスを披露する時は、向こうのリードでそれはそれは綺麗に踊らされる。
今迄よく頑張ったというような内容の事をその時囁いてくれるのだが、トキメキよりも今までの練習の意味に疑問を感じてしまい、それはそれはがっかりさせてもらった。
その後、ご褒美に自分の踊りたい人を選べる。その時に誰を選ぶかで最初のゲームの分岐点となる。
ライラは誰を選ぶのか、彼女の狙いもそこである程度絞れると良いと思う。
生徒会の一室。
よくまぁここまで溜めたと言いたくなるような山の様にある書類を躍起になって片付けながら、先のような事を考えていた。
ギルは入学したてにも関わらず学園の生徒会に入るよう学長から言われており、ついでに僕も補助で入ることになったのだ。
因みに生徒会に入るのはゲームの設定だったので少々抵抗があったが、ギルの助けて欲しいと言うお願いに(正確にはお願いしてる顔に弱い)碌に断る理由もみつからず、なし崩しにやる事になってしまった。
正門の前の花壇の一角を誰かがぶつけて壊したみたいだから業者を呼んで直しておいて、だの、体育館の使用許可書をダブルブッキングのまま発行してしまったので対応よろしくだの、頑張ってるギルには悪いけど仕事内容は程の良い雑用なんじゃないかと思ってきた。この量だし、割と細かい内容のものが多いことから、優先順位の低いものやいつでも対応できるものが後回しになっていたのだろう。
生徒会の仕事の中で、たまに注意書きの看板を書いたり、配布資料を作ったりする時がある。冊子の作り方から、ちょっと添えるイラスト、デコった文字、ナイフを真っ直ぐ迷いなく入れる方法など、前世での同人活動の経験が生き、やたらと作業が早い僕。生き生きと作業しすぎてしまい、皆に訝むような目で見られてしまったりした。
「どう?捗ってる?」
エレンがお茶を持ち、部屋に入ってきた。
「量が量で、進んでる感じがしないよ。」
「そ」
「そって、何か寂しいな。まぁ、エレンも新しく出来る女子の為だけの社交クラブだっけ?立ち上げたばかりで忙しいんだよな。」
エレンは最近、実の兄、一つ上の学年の生徒会長、学園に出入りしてる業者、延いては僕へ、天然か計算かマナーも無く手当たり次第に話しかけたり、急に突拍子も無い事をし始めるライラが気になって仕方無いようだった。もちろん僕も物凄くどうゲームを進めているのかは気になっている。
たまに僕の所へ来るが、今のところ挨拶だけで済んでいる事実に安堵しているのでマナー云々は気にならない。
エレンが言うには兄に気さくに話しかけてくるライラに何度か注意しても、特にライラに響いた様子がなく、ホワワンとした謎の雰囲気で、無かった事にされてしまうらしい。
兄は兄で、喋りかけられる度に感動している様だった。
実はこの社交クラブはライラの為に立ち上げたようなものらしい。ギルと話すには最低限のマナーがないと周りからの評判が落ちるため、ライラに関する誹謗中傷が後をたたない。
溜め息をつきながらエレンはボソッと話した。
「高等部から入ったりした人達の為のマナーや常識を学ぶ場所が無いでしょう?解らないままで、双方嫌な思いをさせる事がないようにしてあげたくて。いっそ放課後、皆まとめて教えてあげようかと。それだけだったんだけど王宮作法が学べると何だか凄い人気になっちゃって・・・。肝心のライラは逃げてしまったし。」
肝心の本人がいないクラブを続けるとなると、かなり精神力がいると思う。
「本当にエレンは面倒見が良いんだよな。」
ちょっと言いかたがキツイので誤解されがちだが、エレンはお節介で人を助ける事をやめない。今だって、僕が一日中こもって仕事しているのを聞きつけて様子を見に来てくれたんだろう。
「お節介だとでも言いたいの?」
昔を思い出しエレンに対して慈愛の笑みを浮かべてたつもりなのに、いきなりニヤニヤしだした僕を見て、からかわれてると勘違いしたらしいエレンがドンっとお茶を机に置いた。失礼な。
「まさか、エレンいつもありがとう。」
お茶を置いた手を掴み、自分の感謝の気持ちが伝わって欲しいと思いを込めて微笑んだ。
エレンの顔が、ぼっと赤くなるようだった。
「わ、わかった。解ったから離して。」
と僕の手を振り払い、両頬を手で隠し「不意打ちだわ。」と言いながらエレンは後ろを向いてしまった。
ドンドンと激しいノックの音が鳴る。
ドアの方を振り向くと「ライラはいるか?」とディーノが入ってきた。
「ディーノ様、ライラさんはここにはいませんけど、どうして此処にいると思ったんですか?」
エレンが答える。
「これは、エレノア様、ご機嫌はいかがでしょうか?今日はライラとダンスのレッスンの予定だったのですが、練習室に一向に現れないので、こちらに間違って来ていないか確認に参りました。」
「あら、そうだったんですね。私達は先にこちらにいましたが、ライラさんは見かけませんでした。ウィルも見てないわよね。」
「私達?ああ、ウィリアム君、君も居たんだね。仕事はまだこれしか終わって無いとか、未来の宰相には無能ではなれないんじゃないかな?いつでも僕に譲って良いからね。」
わざわざ下から頭の天辺まで視線を向けながらねっとりとした喋り方をするので身震いがした。生ディーノは迫力が違う。
「誰かが昨年からの依頼をずっと放って置かなければこんなに仕事はなかった筈だけど?」
「出来ない奴の言い訳なんて、聞く気も起きないな。さて、こんな奴は放っておいて私とお茶でも如何でしょうか、エレノア様。」
と言うが早いか、ディーノはエレノアの手を取り跪き、その手にキスした。
「もし、良ければ次の新入生歓迎パーティーでエスコートさせて頂きたいと思います。お茶でも飲みながら、その話をしましょう。」
エレンはディーノと僕を交互に見ながら、何かを迷っていたが、有無を言わさぬ雰囲気で部屋の外へ連れていかれてしまった。
その後、パーティーの前日になってもライラはディーノの所には一向に現れなかったそうだ。