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89.平和の祭典初日3

とても、とても長い時間に感じられたカトリーヌとのダンスが終わった。


「カトリーヌ嬢、では僕はこれで失礼いたします。平和の祭典、君が有意義な時を過ごせるよう祈っているよ」

カトリーヌに礼を取りながら社交辞令の定型句を述べる。するとカトリーヌから驚くべき返事が返ってきたのだった。

「ありがとう。では私とこのまま引き続きお過ごしくださるという事でよろしくて?」


……僕抜きで有意義な時間を過ごしてくれ!心の中で突っ込みつつ、次の相手がいますので、と断りをいれてカトリーヌの元を立ち去る。

カトリーヌの印象が強すぎたのか、2人目のダンスの相手はすごくまともに感じた。お陰でどんな娘だったか全く印象がない。これで父から言われたノルマはクリアだ。とりあえず休息を……。僕の心と身体が癒しを求めている。自作枕を自国に置いてきてしまったことが大変悔やまれる。

広間の入口を出てその先の喫茶室に向かおうとした僕を、入口にいた官僚が呼び止めた。

「ヴォルフ公ご子息のウィリアム様ですね。ドラッヘン公爵令嬢のカトリーヌ様とのダンスのお約束が入っています」

「何だって?今踊ったばかりじゃないか」


今回の舞踏会では、会期の三日間、主催国の官僚がダンスの相手のマッチングや予約をするデスクが入口に設けられている。

基本的には、僕やカトリーヌのように、家同士がマッチングしたが当人同士はお互い初対面で相手の顔を知らない場合に、相手を探して引き合わせてくれるのが主な役割なのだが。

そのため、主催には全参加者のダンスカードのリストがある。どうやらカトリーヌは主催のデスクで僕のダンスリストが空なのを確認して予約を突っ込んできたようだ。

「ちょっと喫茶室で休憩しようと思います」

構わず行こうとすると、女性に腕をつかまれる。カトリーヌだった。

「喫茶室で将来を語り合うのも素敵ですわね!」

これではもう逃げられない。

喫茶室での談笑とダンス……

究極の選択に、僕はダンスを選んだのだった。何も考えずに体を動かしていればいいので会話よりはまだ楽だ。



***



「カトリーヌ嬢……大変踊りにくいので少し離れてくださいますか?」

「周りの人にぶつかりそうで怖くって。庇われてばかりでごめんなさい」

僕から離れる気は全くないようだ。やんわりと適切な距離を保とうとしてもすぐに間をつめられ、段々僕も諦めの境地になった。

一曲終わり、失礼しようと思ったが、カトリーヌが離れない。

「あと残り3曲ですわね」

「!!?」

今回の舞踏会の規定では、同じ相手とは1日5回までしか踊れないことになっている。フルで入れてきていたか!

「カトリーヌ嬢……君と踊るのを心待ちにしている他の男性たちは大丈夫なのですか?」

「気にさせてしまってすみません。公爵令嬢として他の方のお相手をしなければならないのは事実です。でも、今の時間は大丈夫です。ウィリアム様を知りたいという私の気持ちに偽りはありません。――私、生涯を共にする伴侶とは恋愛結婚をしたいと思っていまして。そのためには、少しでも長くいて想いを育むべきだと思っていますの」

「――え?」

今まで結婚の条件ばかり聞かされていたので、カトリーヌの言葉は意外だった。でもそうか……。僕と恋愛をしようと、この娘なりに空回りに頑張っているのか。空回りすぎて僕が引いてるのにも気づいてないけど。でも、恋愛って、しようと思ってできるものなのかな。カトリーヌは出来るのかもしれない。片方だけが好きな状態はいわゆる片想いってやつで、それも確かに恋愛だけれど、恋愛結婚をするには両想いにならなくてはならない訳で。しかし、カトリーヌと恋愛しろと言われても僕にはできる気がしない。困った。僕はカトリーヌに、僕では恋愛結婚はできないことを伝えなくてはいけないのか。こういう事は早い方が良いとは言え、今日会ったばかりの初対面で告げるべきことだろうか?

片想いでもいいから結婚したいと言われちゃったらどうしよう。

結婚は人生の墓場―――昔から言われている格言が脳裏を掠める。いや、結婚はしていないんだけど。

とりあえず残り3曲……カトリーヌには申し訳ないけど惰性で乗り切るしかない。

こうして、無の境地で2曲を乗り越えた。このままカトリーヌといたら僕の感性が死んでしまう……。その時、良く聞き知った声が僕の名を呼んだ。


「ウィル!」

豪奢なドレスに身をつつみ、美しく着飾ったエレンの姿がそこにあった。

いつも学園で見知っているエレンではなく、どこか遠い国の見知らぬお姫様みたいに美しい。

僕は父に言われた言葉を思い出していた。確かにエレンならどんな相手に言い寄られたって不思議じゃない。あの、エレンのダンスの相手をするリストに名を連ねた男達だって。

僕は……エレンが幸せになれる相手を助言する立場だということも。

「エレン……」

それ以上の言葉が出てこず、ずっとエレンを見つめてしまう。

いつものような挨拶や、「綺麗だね」の一言も、他の男達に散々言われているかと思うと何故か喉に引っかかって出てこない。

暫く見つめあっていると、ふいにエレンが視線を逸らして尋ねてきた。

「……そちらのご令嬢は?」

カトリーヌが1歩前に出て恭しく挨拶をする。

「ドラッヘン公爵領のカトリーヌと申します。王女様にはご機嫌麗しゅう。ウィリアム様と楽しい時間を過ごさせて頂いております。ウィリアム様のような方がいる貴国の人材の厚さに感嘆いたしますわ」

「……お褒めいただき、ありがとう」

エレンが少し淋しそうに笑って、僕に向かって「少し話せる?」と聞いてきた。

僕が口を開く前よりも早く、カトリーヌが口をはさむ。

「僭越ながら、ウィリアム様ともう一曲踊ることになっていますの。今は臣下としての任を解いてやって頂けませんか?」

「カトリーヌ嬢、事をややこしくするんじゃない。臣下もそうだけど、これでも友人でもあると自負してるんだ。エレン、僕なら……」


「エレノア王女!こちらでしたか!」

先程、僕にカトリーヌとのダンスを宣告した官僚が足早に近づいてきた。

「エレノア王女、スチュアート王国のスチュアート王子がお待ちです。ご案内しますので付いてきてください」

スチュアート王子……ダンスリストに載っていた男だ。舞踏会の流れとリストの順番を考えると、エレンの次のダンスの相手だろう。エレンは相手に何も言わずに来てしまったのか。

「……でも」

困ったように僕に視線を向けるエレン。

「エレン、大丈夫だよ。話す時間は後で取ろう」

宥めるようにエレンに話しかける。

「ウィル、私……」

「エレンなら大丈夫だから、行っておいで。どこに出したって恥ずかしくない。すごく……綺麗で、……立派な王女で、僕も誇り高いよ」

さり気ないけど、やっと綺麗だと言えた!

そう思ったのも束の間、すうっとエレンの体温が下がったような感じがした。

「……それを、ウィルが言うのね……」

エレンが一歩、僕から離れる。

「わかったわ。……さよなら」

エレンはそう言って僕に背を向け、そのまま行ってしまった。追いかけようにもカトリーヌに腕を取られ、そうこうする間に曲が始まる。

遠目に、スチュアート王子とエレンが踊っている姿が見える。

何故か胸が傷んだけれど、僕にはどうすることもできなかった。



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