88.平和の祭典初日2(エレノア視点)
「これが、エレノア様の今宵のお相手です」
ドレスを合わせていると、侍女が私にダンスカードを差し出してきた。当たり前だが他国の人達の名前がずらりとカードに並んでいた。
私にドレスを着せ、髪を結い、化粧をしてくれている侍女達が興味津々でカードを覗き込み、興奮して騒ぎ始めた。
「エレノア様⁉︎これ見て下さい‼︎スチュアート国の王子様‼︎顔が良くて切れモノで有名じゃないですか!?」
「こちらは優しくて品行方正、微笑めば周りの独身女は気を失ってしまうと有名なエンデンブルグの王様とかいますよ!」
「一度で良いから御目にかかりたかったです」
「エレノア様〜!私たちをお供に選んでくれてありがとうございました」
うるうると瞳を潤ませて、感激した様子の侍女達。
「何時も貴女達にお世話になっているのよ。貴女達以外に誰を連れてくるのよ」
お供に選ぶなんて呆れた表現をするので、溜め息が出てしまった。しかし、彼女達は私の言葉を聞いて余計に感激してしまったようだ。一層気合いの入った侍女達は、プロの仕事人として外見の優美さと言う点において1点の妥協もなく身支度を整えてくれた。
「さあ、出来ました!美しいです!!」
「とても良くお似合いです。早くエレノア様の魅力を各諸国の殿方に見せてあげたいです。この姿にため息を漏らさない男性はいないでしょう!」
「私の魅力だなんて……」
鏡に映る自分の姿を見る。
アップに纏められた髪に、夜会のためのやや濃いめの華やかな化粧。顔立ちがはっきりしている私には良く似合っている。
ドレスの色は濃い青色で上半身の胸から胴にかけて全面に銀糸の刺繍が施されている。スカートはふんわりとしたチュールやレースを幾重にも重ねた女性らしいシルエットだ。
平和の祭典に付随して行われる舞踏会の目的が婚姻相手探しにあると言う事は此処に来るまでにお父様やセグルスから聞かされていた。この仕上りを見るに、侍女達は私を綺麗に魅せて目立たせるためにそれはそれは頑張ってくれた様だ。自分の将来の結婚相手探しなんて聞いてもいまいちピンとこなくて、苦笑いしか出てこない。
ドレスは今日に合わせてオーダーメイドで作られたものだ。私が指定したのは色と胸元の銀糸のレース。私がこの世で1番大切な彼の瞳と髪の色。
「ウィル…褒めてくれるかしら」
ウィルの瞳の色は正確にはもう少し薄い青なのだけど……彼の瞳と髪の色を借りて、今日を乗り切ろうと思う。
会場について、真っ先に目の前に現れたのはエンデンブルグの王様。私が来るのを待っていてくれたようだ。成る程侍女が言ってた通りの悩殺スマイル。後ろにいる知らない令嬢が何人か倒れた音がした。
「カイン・ナーサ=エンデンブルグと申します。今宵、あなたのような美しい人をエスコートする役目に預かり大変光栄です」
「エレン・ディア=アスティアーナです」
彼が微笑む度に誰かが倒れていく。彼は魔法使いか何かなのか。ウィルとは違うギラリとした色気たっぷりの顔に少し怖くなり、周りを見渡す。まだ辛うじて倒れずに済んでいた女性たちは、顔を真っ赤にしながら涙目で早く手を取った方が良いと私に向かって頷いていた。
「緊張してるのかな?折角だから楽しみましょう」
「ありがとうございます」
彼の手を取り、エスコートされて、そのまま踊りの中に加わる。踊りながら他愛の無い会話をする。彼が笑う度に、方々からかなりの音の溜め息が聞こえるのを気にしないでいれば、彼は話しやすかった。話易い雰囲気の為に私は要らない事を聞いてしまった。
「何時も貴方の周りはこんなに騒がしいのですか?」
「まあ、そうだね。貴女は私を見て、倒れたり溜め息をついたりはしないようだね。私の周りでは冗談ではなくそんな現象が良く起きるんだ。変な話、原因は私自身から匂い立つ色気の所為だと言われた事があるが、自分では良く解らないし、助け起こしたりすると悪化するので最近は気にしない事にしている。貴女とは普通に話が出来る。それだけで楽しい」
「色気というのも困りものですね。体質改善で何とかなれば良いのですけれど。私の幼い頃からの友人にも、1人無駄に色気を振りまいている方がいて、良く注意していました。最近はその方面のトラブルが減ったから、もしかしたら訓練でもして出したり引っ込めたり出来るようになったのかもしれません」
「成る程、話を聞くに貴女の友人に色気があるおかげで貴女には耐性があるという事かもしれませんね。兎にも角にも貴女は私とまともに話す事ができる女性ということだ。きっと貴女と私は相性が良いのでしょう。もっと貴女の事を知りたいな」
その後も次から次へとダンスの相手が代わり、丁度5人目に差し掛かった所、遠目にウィルが見えた。
正装しているウィルは離れているにも関わらず、私の心を鷲掴みにした。ちゃんとしていれば文句なしにカッコ良いのよね…。側に行って、このドレスを褒めて貰いたいな。
きっと、何も言わなくても近くに行って、彼の視界にさえ入ればいつもの満面の笑みで褒めてくれるだろう。その時に、ちゃんとしてればカッコ良いとからかってあげたい。自分の想像に面白くなってしまって、クスっと声が出てしまった。ダンス相手が私を見た。
「どうかしましたか?今迄心ここに有らずといった感じでしたが随分と楽しそうですね。何か面白いものでもありましたか?」
「やだ、私。失礼致しました」
「構いません。中々貴重な物を見せて頂いた気持ちになりましたよ。貴女の笑顔は素敵ですね」
「失礼をしたのは私です。そんな風に言って貰えるなんて」
「貴女が見ていたのはあのペアですか?凄く積極的な令嬢の様ですね。あんなに身体をくっつけられては踊りにくそうだ」
ダンス相手の言葉に思わず真顔になってしまった。
ウィルしか私見えてなかったんだ。
もう一度ウィルと相手を見ると、教えてもらった通りに身体が近い。踊っている令嬢のあの楽しそうな顔。
ウィルの顔は見えないけれどデレデレしてるに決まってる!何よ!こっち見なさいよ!
曲が終わり、ダンス相手に丁寧な礼をとると、私は次のダンスの相手ではなくウィルの元に向かっていった。




