86.平和の祭典
東門を抜け、庭園をつっきり宮殿前に馬車をつける。アスティアーナ国の王宮よりも華美で装飾的な建築物は、この国の威信をそのまま具現したようだ。
僕は今、隣国メールスブルク国の王宮を訪れている。アスティアーナ国とメールスブルク国は、つい20年ほど前まで戦争をしていた。
両国の国境付近に位置する小国に金脈が見つかったことが戦争の直接の発端だった。この小国は金鉱の発見とともに大国2つに目を付けられてしまい国家存亡の危機に瀕することになる。3つの国の金脈の覇権争いから勃発し、100年続いた戦争は国を疲弊させた。このままでは国の衰退は免れ得ないが、お互いに金鉱の主権は渡したくない2つの大国の思惑が重なり、アスティアーナ国の現国王とメールスブルク国の前国王、そして元々金鉱を所有していた小国が講和を結び、金鉱は3国が共同統治することで戦争に決着がついた形だ。小国は、自国の存続と引き換えに2つの国に金鉱への参入を許したのだった。
長きにわたる戦争の終結に一般の人々は安堵し、戦争の終結が宣言された日は、「平和への祈りを捧げる日」として、人々の間に定着している。この日は、三カ国内にある礼拝堂の随所で祈りを捧げるイベントが開かれている。
そんな「平和の祈りを捧げる日」に合わせて、ここ数年、周辺国の諸侯が招かれる舞踏会が開かれるようになった。舞踏会の開催地は、アスティアーナ国だったりメールスブルク国だったり、年によって様々だ。今年はメールスブルク国で開かれ、僕も参加するためにここに来ている。
舞踏会は平和の祈りを捧げる日の三日前から始まり、三日三晩続く。
その参加資格は、ある程度以上の身分がある独身。
要は、周辺国間で交流を深め、戦争ではなく婚姻を結ぶことで平和的な統治を推進しようとのことだ。
よって、この舞踏会では各国や領主が勢力を拡大するための政略結婚を算段する格好の場となっている。
僕は出発前に父から言われた言葉を思い出していた。
「お前はともかく、将来王となられるであろうギルバート様と、エレノア様の婚姻相手は我が国に大きな影響をもたらす。ギルバート様とエレノア様が舞踏会で踊る相手のリストをお前に渡しておく。実際に目で見てきて、相手の人となりを報告してくれ。我が国の国力に加え、ギルバート様もエレノア様も、幸いにも美しいお顔立ちだから、我が国はどちらかといえば選べる立場だ。我が国とお二人が幸せになれる相手を見極めて推薦するのも、宰相の大事な仕事だよ」
ダンスカードのリストを見れば、隣国の王女をはじめ、周辺国の王子王女で埋め尽くされていた。
「そういえば、ウィルが最近仲良くしているフェラー商会のアルベルト君には決まった相手はいるのかな?いなければ家のキャシーをやろうかと思うのだが」
リストを見て直ぐに暗い気分になった僕は、父との会話は早く終わらせて自室に籠りたかった。しかし、予想外の父の言葉に、流石にこのまま引き下がれなくなる。キャシーは僕の妹で、まだたったの10歳だ。
「……キャシーはまだ物心つく前だし……歳の差があり過ぎない?」
「良くあることじゃないか。これからの時代、単に領土を持っているだけではいかんよ。私たち貴族も事業に力を入れねば。フェラー商会と懇意にしたいのだが……」
「アルベルトは……断ると思う!」
僕は精一杯それだけいうと、リストを握りしめてそのまま父の書斎を飛び出した。
そうして今、僕はメールスブルク国の宮殿内に用意された部屋で、夜会用の服を着て暗澹たる気持ちをどうしたら良いのか持て余している。
手には、ギルとエレンそれぞれが踊る相手のリストと、僕のダンスカード。僕のダンスカードには2名の女性の名前が書かれている。「この2名以外は後は好きにしていい」と父に言われた。
一方のギルとエレンは、それぞれ6~7名ほど。
ギルは今どんな気分なんだろう。相手に失礼な事はできないし、卒なくこなすのかな。
エレンはどうなんだろう。ギルに比べて思ったままが顔に出るから。
僕は再びエレンのダンス相手のリストを眺めた。
どこぞの国の王だったり、皇太子だったり。
このリストの文字の男達がエレンを公式に口説く権利があるということ。
そうしてエレンはどこぞの国の王妃として第2の人生をスタートさせる。それが1番望ましい形だと、確かに自分もそう思う。
「わかってるけど……」
どうにも気分が沈んでしょうがない。
こんなの、自分らしくないと思う。
思うのに、どうすれば良いのか。
「エレンが幸せになれる相手をアドバイス、か……」
リストに書かれた名前たちは、単なる文字の羅列のはずなのに、それにこんなにも心をかき乱されるなんて、急に僕は一体どうしたのだろう。




