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84.自画像

エレノアは、こっそりノートに挟んでいた絵を取り出した。ウィリアムから誕生日の記念にと新しく貰った絵だ。


本当にウィルってば絵が上手ね。自画像は微妙で上手く描けてるかどうかわからないって言ってたけど。

ウィルの絵を指でなぞりながら思いを馳せる。絵の中の銀髪の青年は、エレンに柔らかに微笑みかけているようだ。

彼の少し癖のある銀髪の髪、笑った時に細められるキラキラの碧眼の瞳。そして、柔らかい物腰に華やかな雰囲気……。

ウィルの絵には凄く彼の良さが出てる。そういえば、前にお兄様を描いた絵を見た時にも同じことを思ったっけ。ウィルってば、人物の特徴を捉えるのが上手いのではないかしら。


そうしてエレノアは段々と絵には描き込まれていないウィリアムの特徴までもを想起し、想いを募らせていく。


ウィルの良く私を包み込んでくれる、いつの間にか私より大きくなった優しい手。私が安心できる声が紡がれる形の良い唇。昔はもう少し軽いイメージがあったけれど、最近の彼は性格に温かみも増して一層親しみやすくなった気がする。


「ウィル……」


夜の月灯りだけの中、自分の呟きがやけに響く。王宮中の人間はもう警備隊以外は眠ってしまっているだろう。

そろそろ寝なければと思いながら、ベットの上に身を横たえ、もう一度絵を見る。最近はお兄様と同様、彼も忙しくて一緒に居られる時間が減ってしまった。それが寂しくてウィルの姿絵を描いて欲しいと頼んだのだけれど、見ているうちに当の本人に会いたくなってしまうのでは、これでは本末転倒だ。

それでも絵から目を離せなくて……じっと見つめていたら、絵の下の方に何か書いてあるのを発見した。

何かしら?ほぼ長方形の図形の中に目の周りが黒い熊のような動物が描かれている。

横にウィリアムより愛を込めて、とサインがしてある。愛を込めてという文は嬉しいが、横の熊が気になり過ぎて文を噛み締められない。

「本当にもう!いつもちょっと余計なのよ」

明日になったら問い詰めないと、と思いながら、エレノアは眠りについた。



***



「ウィル、このマークは何?」


朝一番、授業の始まる前に僕の描いた絵の一箇所を指差しながらエレンが尋ねてくる。

見るとそこには、トランクスにパンダが描かれていた。ステテコパンダのマークとしてサインと一緒に良く使っていた絵柄だ。

一部の客からは可愛いと評判が良かった。まあ、何も言われない事の方が多かったけれど。

前世でイベントに出た時にスケッチブックを頼まれるとサークルのカップリングの特性からか、ウィリアムを沢山頼まれた(もちろん、ギルバートも同じくらい多かった!)。描いた後は大抵このマークを右下につけていた。エレンの絵にも無自覚なままマークを描いてしまったようだ。癖って怖い。

「これは僕が描いたって証明みたいなものだよ」

「四角に熊が?」

「可愛いだろ?」

「うーん?」

「私の持っている絵には無かったと思うが」

エレンの隣にいたギルが絵を覗き込んで首を傾げた。

「お兄様のには無かったの?」


突然、前の席に座っていたライラが嬉々としながら話に乗っかってきた。

「四角に熊?ウィルに貰ったの?見たい見たい!」

「これはエレンの!見せません!」

絵を持っているエレンの前に手を使ってバリケードを作る。ウィリアムの絵なんて、何言われるか分かったものじゃない。見せてたまるか!

「減るものじゃないのに。……ギルも描いてもらったの?」

バリケードが幸をそうしたのか、ライラはギルの方に狙いを変えたようだ。

「私が貰った絵は自室で額に入れて飾ってあるので今はお見せ出来ない。残念だな」

ギル……ライラと一緒にあの絵を見たいのかな。見たそうだな。ギルバート×ライラのカップリング絵だったけど……。

「……。エレノア様、後生ですから見せて頂けませんか?お願いします!」

王宮に行くのは敷居が高いと判断したのだろうか。暫しの沈黙の後、ライラは狙いを再びエレンの方に戻してきた。

「駄目だよ!」

「ウィルには聞いてないわよ」

ライラが僕の言葉に噛みつく。

「良ければ今度、私が貰った絵を持ってこようか?」

ギルがライラに申し出るも、ライラは完全にスルーした。

エレンの持っている絵に視線を定めて隙を伺っている。


「ウィル……こんなにお願いしているのだし、見せるぐらいは良いと思うわ」

ライラの熱意に絆されたエレンが僕を非難する。

エレン……そんな事を言っては駄目だ。君の大事なお兄様がライラの頭の中でどれだけ汚されているか分かってないだろう!

ウィリアムが描かれた絵なんか見せたら、ライラの妄想に拍車がかかりかねない。

しかし、エレンは両手で絵を持つと、僕の返事を待たずにライラの方に自然と差し出すような素振りをしはじめた。なんて危ないことを!


ガッ


思わず、僕はエレンの手に自分の手を覆い被せてエレンの手を固定した。緊迫した雰囲気が伝わったのか、エレンの体が強ばる。僕は嘆願するような気持ちでエレンに語りかけた。

「エレン、君は……ライラと僕と、どちらの気持ちを優先させるの?お願いだから……」


そこまで言って、僕は自分とエレンに長い影が落ちているのに気づいた。

恐る恐る影と反対側――斜め後ろを見ると、ルノワール先生がにこやかな顔で立っている。


「ウィリアム君、また先生の前でイチャイチャしてますね。独り身の先生には目の毒です。直ぐにやめないと追い出しますよ。もう講義の時間は始まっています」


予想外のルノワール先生に手の力が緩んでしまった僕を押しのけてエレンが弁明する。

「先生、私達はイチャイチャなんて……。……また?またってどういう事?それ、誰と!?ウィル?」

今度は逆に僕がエレンにぎゅうぎゅうに締められた。

く、苦しい。首が……苦しい。


エレンの手からひらりと机上に落ちたウィリアムの絵をライラが拾い上げる。

「……ッ!ウィリアム様の色香漂う微笑み……!ギルバート様に向けられてらっしゃる……ッ!」

もちろんエレンに渡した絵の中にはどこにもギルバートは描かれていない。

「お兄様に向けた?」

エレンが僕を絞めたまま不審げな表情でライラを見た。ライラが何を言っているのか心の底からわからないといった所だろうか。注意深い人間ならば、その表情に若干の不快感が混じっていることに気づいただろう。


「これが修羅場ってやつですかね~」

ルノワール先生が何故か嬉しそうだ。教師としてこの場を収めて授業を始めてほしいところだが、当のルノワール先生にはそんなつもりはさらさら無さそうだ。

その時、ライラの鼻孔から赤い雫が滴り落ち、絵を濡らした。

ウィリアムの絵を見てどんな妄想をしたのだろう。ライラは鼻血を噴き出したのだ。

「―――――!!」

エレンが声のない悲鳴を上げて青ざめる。僕はエレンからやっと解放された。

「ご、ごめんなさい……!!どうしよう……!ごめんなさい!」

泣きそうなエレンにライラはよろよろになりながら謝り倒している。

僕はライラから絵を奪い返すと、エレンを必死で慰める。

「エレン、絵はまた描けば良いから。泣かないで」

よしよしと頭を撫でながら、エレンに慰めの言葉をかけ続けていると。エレンが頭を何度かふって僕の言葉に応じた。

「………取り乱して、ごめんなさい。予想外の事につい驚いてしまって……」

落ち着いたエレンを見て安堵したのか、ライラが僕に尋ねた。

「……その絵は、どうするの?」

「え?」

ライラの鼻血で汚れた僕の絵に視線を落としながらライラが言った。

「もし破棄するなら、汚した責任を取って引き取ろうかと」

「………」

僕は無言で自画像を破り捨て、拒絶の意を示した。ライラには、ウィリアムの絵は描かないと固く誓いながら。

「――――――!!」

今度はライラが声にならない悲鳴を上げた。しかし、ライラ以外の生徒達は落ち着き払って講義を聞く態勢だ。僕も静かに席に腰を降ろした。

ルノワール先生も、もうこれ以上は面白いことは何も無いと判断したらしかった。

「はーい、では講義を始めますからね~。あ、ライラさんは医務室で鼻血を拭いてから帰って来てくださいね」

ルノワール先生はライラの肩に手を置いて部屋の外へ出るよう促すと、教壇へ戻って行くのだった。



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