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83.恋愛イベント発生

ここ2~3日、ギルがある特定の時間になると必ず生徒会室の本棚の前にいる。ギルはとても多忙だ。でもその時間になると、どんなに忙しくても仕事を片付け、もしくは仕事の休憩として本棚の前に向かう。あるいはこの本棚の前で何故か勉強をしている。

一定の時間が経つと帰って行くのだが、不自然極まりない。本人曰く何故か此処に来たくなり、色んな人にも行くように勧められるそうだ。周りが行けるよう調整もしてくれるそうで、自分も行きたいし、行かない理由も無いので此処に来ているとの事だ。


これは…。

僕が保健室に行きたくなった時に似ている。

ライラ、ギルの攻略は止めたって言っていたのに。うっかりギルバートの恋愛イベント発生条件を満たしたな!

この数日間、本棚の前にいるギルの元をライラが訪れていない所をみると、ライラ自身は恋愛イベントを進める気は無いのだろう。

(ライラは生徒会メンバーであるので、通常なら意図しなくても本棚の前にいるギルと鉢合わせするはずだ。そうなっていない事を考えると、ライラは意図的にイベント発生を避けているのだろう。)

ギルの時間がもったいなくて可哀想だ。好きな子に恋愛イベントを避けられているというのも悲しいけれど、本人には自覚しようがない点が救いだ。



生徒会室の中、丁度目の前にいるライラは、ディーノから学園美化月間の説明を受けている。


「ライラ!」

僕はライラの名前を呼ぶと、例の本棚に意味ありげに視線を移し、お前気付いてるだろ!と目で訴える。ライラは僕を見たが、僕の視線の先に本棚がある事がわかると慌てて目を逸らした。

ライラの隣のディーノが溜息をつきながら僕に文句を言う。

「ウィリアム。何故今ライラを呼んだ?打合せ中に無駄に邪魔をするな」

「邪魔してすいません。ライラ、後で話がある。わかってるよな」

「何の事だか、分かり兼ねます」

ライラは下を向きながら口笛を吹いていた。明らかに僕の言わんとしている事が何かわかっている。誤魔化すの下手かよ。


ディーノが生徒会室から出ていってライラと2人きりになったので、僕達は話し始めた。

「生徒会室の本棚で発生するギルバートの恋愛イベントを覚えてる?」

「ステテコパンダ先生。私が忘れる訳ありません」

前世のペンネームで呼ぶなと言ってるのに聞かないなぁ。

「本棚で私が生徒会の仕事で使う本を取ろうとします。届かないので背伸びをして無理矢理取ろうとすると、近くにいたギルバート様が後ろから抱え込む様にして取って下さいます。『はいどうぞ、貴女は小さくて可愛いね』とギルバート様が仰り、そのまま至近距離で見つめあいになるのですが、その神々しいお顔がアップになるスチルにドキドキが止まりませんでした。その後、本を受け取った私とギルバート様の手が重なり『可愛いらしい手だ。私の手にすっぽり入ってしまう』と言いながら、手の甲をギルバート様の唇に近づけます。何だよコッチのスチル寄越せよって、先程の神々しいスチルにドキドキしたくせに、プレーヤーが裏切られた気分になるあのイベントです。」

「そうなんだよね!そっちじゃねーよって思うイベントナンダヨネ!!」

ライラがあまりにもオタクとして的を得た回答をするものだから、思わず2人でキャッキャしそうになってしまった。

僕は頭を振りながら理性を取り戻した。

「ライラ、間違ってしまったことはもうしょうがない。だけど、ギルの事を思ってくれるなら、気持ちが無いのにイベント発生条件を満たす事はしないように。そして、ギルは多忙なのだから、起こしてしまった本棚イベントは早く済ましてしまいなさい」

「うう、勿体ない。ギルバート様の唇はウィリアム様のものなのに私の手の甲になんて…」

「ギルの唇はギルのものだ!」

僕は呆れて思わず叫んでいた。


「そうだ!ウィル、私の手の甲にキスしてよ!そしたら間接キスになる!!せめてそのぐらいの萌えが無いとイベント進める気が起きない。コッチの手、ほらほら!早く!」

何、その良いこと思いついたって言う子どもみたいなキラキラした顔!

僕は顔の前をガードして、後ろに下がったが、ライラは嬉々として、手の甲を僕に押し付けてくる。こんな展開は全然良くない。何言ってるんだこの娘は!

遂に僕は本棚に押し付けられて、追い詰められてしまった。

「やめろ!ライラ!お願いだから!」

「ふふふ。私は萌えに対して貪欲なのよ」

ライラがぐいぐい来るので逃げる僕の背中が触れた反動で本棚が揺れる。僕の頭の上の本が僕目掛けて落ちて…


「何やってるんだ2人とも…」

追い詰められてる僕、覆い被さるライラの後ろから、僕の頭に落ちそうだった本をギルがキャッチしてくれていた。

その本を本棚に戻し、ギルはライラの手をとり、手の甲を見た。

「ウィルの口に押し付けてるように見えたが何をしてらしたのかな?」

ギルは自分の口にライラの手の甲を近づけて、今しがたのライラの真似をした。

スチルで欲しかった光景が今目の前にある。

ただし、ギルの顔はちょっと怖いが。……ちょっと怒ってる?


「ギル、どうして?」

「どうしても何も、ここは生徒会室だ。私が居ても構わないだろう」

キスを強要されてたなんてとても言えないし、その理由も絶対言えない。こんな時どうすればいいの?

「ライラのやつ、手の甲に虫が着いたみたいで僕に取れって押し付けてきてさ、逃げちゃった」

咄嗟に出た言い訳はあまりにも貧弱だ。

「付いていなかったが」

ギルの顔は益々険しくなった。こんな理由でギルが納得する訳がない。下手に何か言うくらいだったら沈黙を貫いた方が良いだろう。訝しむギルの横を通り過ぎ、急ぎ出口へ向かう。

「とにかく、僕は先に帰るよ。ギルとライラはごゆっくり!」

「ウィル〜!間接は?」



ウィリアムがいなくなり、ギルバートとライラの二人きりになった。

「ライラ、何があったのか教えてくれないか?」

ギルバートの言葉に、う~ん、と肩をすくめながら何と言ったものかライラが考えあぐねる。

「……ウィルが、ギルに手の甲にキスしてもらえって言うのよ」

予想だにしない返答にギルバートは驚いた。


手の甲とはいえキスしてもらえとは何事か。どうりでウィルが自分に話せない訳だとギルバートは先程のウィリアムの態度に合点がいく。しかし……。


「しかし、それは何故?それに、その話から何故さっきのような体勢に?」

「キスの理由は……王子様にかけられた呪いを解くため。だけど、手の甲とはいえ私が頂くのはちょっと……。勿体ないというか……。それで押し問答になって……。そもそもギルバート様のキスは……」

後になればなるほどライラの声は小さくなって聞き取りづらくなっていく。ギルバートはとりあえずライラの話の中で1番気になった単語について聞き返してみることにした。


「呪い?」

「そう。呪いを解くにはギルバート様が私の手の甲にキスするしかないのだけれど、それは勿体ないでしょ、っていう話。あ、呪いは時間が経てば消えると思うから大丈夫よ」

今度のライラはしっかりとした口ぶりだった。取り繕っている様子もなく、ライラは自分の話を心の底から信じているようにギルバートには写る。


相変わらず言っていることはよくわからないが……ライラに何かの呪いがかかっている?しかもその呪いは自分がかけたとは?


ギルバート自身は呪術の類はあまり信じていない。

しかし、ライラが信じているのなら。手の甲のキス程度でその呪いが解けると言うのなら。

ライラを安心させるためにもキスをしない選択はギルバートには無かった。


「呪いというのはよく分からないが……そういうことなら直接言ってくれれば良いのに。ライラ、あなたに関して私のキスが勿体ないという事はない」


「え?」


ギルバートはライラの手を持ち上げると、その手の甲に優しくキスを落とした。


「あ……」

「これで貴女にかけられた呪いは解けたのかな?私はこれからウィルのやつを追いかけるとしよう。ではライラ、また明日」


部屋に一人取り残されたライラが呟いた。

「言葉選びを間違えたわ……」

“王子様にかけられた呪い”が意味するところは、王子様がライラにかけた呪いではなく、王子様がかかった呪い――乙女ゲームの恋愛イベント発生の拘束力――の事だったのだが。

「呪いがかかっていたのは、私でなくてギルだったのに。誤解がないよう、もっとちゃんと説明すれば良かったんだわ」

そこでふと、ある事にライラは思い至った。

「……そういえば、ここにウィルにキスしてもらえば、間接キスになるじゃない!『そこにギルが口付けただと?さあ、その手の甲を僕に寄越すんだ。何故って僕のものだからね』……なーんてね。萌えるわ!」

気を取り直して妄想をはじめたライラは、妄想を現実にすべく動き出す。

「ギル、待って!私もウィルを追いかける!」



誰もいなくなった部屋に静寂が訪れる。学園の鐘の音だけが遠くに響いていた―――




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