82.双子生誕日2
今年の投稿はこれで終わりです。読んで頂いて、ブックマーク、評価ありがとうございました。また、来年もよろしくお願いします。
「お兄様、この曲……」
「ああ」
驚きで目を見張ったエレンとギルだったが、すぐに音楽の音色に身を任せることにしたようだ。
ソファに深く腰掛け、手を繋いで聴きいっている。
メロディを元にプロが書き起こした譜面に、プロの演奏。
子どもの頃の僕が、不器用なりに一生懸命思い出して弾いた曲に比べて、出来は段違いだ。思わず僕も、前世でゲームをプレイしていた時のことを思い出して懐かしくなる。
曲が終わると、ギルとエレンが万感の拍手で迎えてくれた。二人とも瞳が潤んでいる。
「素敵な演奏をありがとう。この曲は……ルイ君が?」
ギルが右手をルイに差し出しながら聞いた。
「恐縮です。僭越ながら、ライラから聞いたメロディから譜起こしをしました」
「ルイは作曲もできるのよ!」
ライラがルイ自慢を挟んでくる。
「ライラから?……ウィルではなくて?」
ギルが訝しげに首を傾ける。
「……」
ギルのこの反応……。
さてはライラ、ギルからこの曲のこと教えて貰ってない段階なのに、前世の知識だけで先走ったな!
「そ……そう!僕が、前にライラにギルの好きな曲だよって教えたことを覚えてたみたいで、ライラが頑張ったんだ!」
慌ててギルに言い訳がましく説明する。
その時、大きな音を立てて部屋のドアが開かれた。
現れたのは、豪奢な栗毛の巻き髪に深紅のドレスを纏った壮年の女性―――ケリー王妃だった。
「ギルバートにエレノア、その曲は禁止と言っていたはず。規律を守るべき立場の人間が自ら規律を破るなど、資質を疑います」
睨みをきかせた顔に、厳正な声は、その場の全員を凍りつかせるのに十分だった。
「王妃殿下、申し訳ございません。この度のことは私たちが勝手にやった事で、ギルバート様は―――」
慌てて謝ろうとした僕を、ギルは片手で止めた。
「ケリー王妃、御加減がすぐれないと聞きましたが、歩き回られても大丈夫なのでしょうか?」
ケリー王妃はギルの方を一瞥すると、
「今の曲を聞いてまた頭が痛くなったわ。あなたたちはよぼと私の不幸を望んでいるのね」と言い捨てて居なくなった。
「何あれ!嫌な感じだわ」
ライラが思ったままを口にした。アルベルトにリリィ、ルイは何も言えずに押し黙っている。ギルとエレンが母親の歌ってくれた曲を2人だけの秘密にしていたーーもとい、秘密にせざるを得なかったのは、この王妃のせいか。
先妃の痕跡を尽く消しさろうとして、幼いギルやエレンが歌うのを勝手に禁止にしたのだろう。
「見苦しいところを見せてすまない」
ギルが悲しそうな顔でライラに言った。
「ギルのせいじゃないわよ。今に見てろって感じだわ」
ライラは引き続きプリプリ怒っている。
「ライラさん、ありがとう。怒ってくれて」
エレンがライラの手をとってお礼を言った。
こうして、大成功と思われたギルとエレンの誕生日サプライズは、後に苦味を残して終了した。
その後――――
王都を靴磨きの少年が鼻歌まじりに歩いている。鼻歌の旋律は―――ギルとエレンの母親、亡くなった先妃のよく歌っていた歌に良く似ている。
今、この歌がこの国で大ヒットしているのである。「ルベリア風のアリア」と題された旋律は、ルイの演奏会を日切りに、オペラのヒロインのアリアにも使われ、有名歌手が歌ったこともあり、瞬く間に流行した。
「王宮以外では王都のどこでもこの歌が流れているわ。いい気味!」
ライラがレストランでトマトソースのパスタと格闘しながら言った。
なんとライラは、持ち前の行動力で「ルベリア風のアリア」を王都で流行らせるよう、奔走に奔走を重ねたのだった。最も、実際に流行ったのは、ルイが芸術家の集うサロンで外国の旋律として紹介したのが大きいところではあるが。
「ルイ、大変だったろう。お疲れ」
アルベルトがルイを労う。
「別に、僕は芸術家仲間に紹介しただけだよ。旋律がとても美しかったから、皆に受け入れられたんじゃないかな。新作オペラに使って貰えたのが運が良かったんだよ。歌ったのはなんといってもあの歌姫のマリアだしね」
今や、相乗効果が相乗効果を産み、この国にルベリア風が溢れている。ギルバート王子にエレノア王女の実母がルベリア公国出身だったということも手伝って、空前のルベリアブーム到来だ。
ギルとエレンはというと、今まで遠すぎて忘れ去られていたルベリア公国の情報が自国に入ることを歓迎していた。それと共に、流行という民衆の力に驚きを隠せない様子だ。
「ライラは……これを狙ってやったのか?」
ギルが、パスタを頬張るライラに聞いた。
「当然よ」
「すごいわ、ライラさん」
エレンがぱちくりと目を瞬かせてライラを尊敬の眼差しで見つめている。
「今まで、私とエレンの2人だけで共有していたものが、このような形で国中に広まるとは。ライラ、あなたという人は本当に不思議な人だ」
ギルがライラの手をとって握る。
盛大に咳き込んで持っていたナイフとフォークを皿に落とすアルベルト。
すごい音がした。
「ちょっと、アルベルト、大丈夫?」
ギルの手を振りほどいて、背中を丸めてむせ込んでいるアルベルトの背中を叩こうとしたライラは、自分の杯をひっくり返してしまった。
「きゃっ」
水が零れ、ライラのトマトソースのパスタにかかる。
「……私のパスタがあ」
ガッカリした声を上げるライラに僕は思わず笑ってしまった。
店の奥から、給仕が慌ててこちらにやってくる。
レストランの一角で演奏されているルベリア風のアリアを聞きながら、この日僕が食べたマルゲリータピッツァは、今まで食べた中で1番美味しかった。
***
「これは―――」
学園にある一室。この部屋の主である教師は、ティーカップを片手にあるリストを眺めていた。リストの中に見知った名前を見つけて思わず唸る。
見ていたリストは、ギルバート王子の成人を祝い、恩赦を受ける犯罪者のリスト。
ローザ・ラビエールの名前を見つけて、何かを考えるようにルノワール先生は目を閉じた。




