81.双子生誕日
16歳の誕生日の朝。
まだ明けきらぬ薄紫の空を眺める。最近は日の出が遅い。
ギルバートは手と顔を陶磁のボウルに張られた水で洗うと、この日のために特別に用意されたシャツに袖を通す。白を基調としたツーピースの立襟ジャケットに、濃青のマントは後ほどの儀礼的な挨拶の直前に着ることにしよう。豪奢な金糸で刺繍が施されているそれらは、実用とは程遠い。
廊下に出ると、同じ日に産まれた妹の姿が見えた。こちらも白地に金の刺繍と宝石がふんだんにあしらわれたドレスを纏っている。
「おはよう、エレン。綺麗だね」
「お兄様、お誕生日おめでとうございます」
「エレンも」
そうして2人で抱擁を交わす。
産まれた時からずっと一緒にいる片割れ。喜びも悲しみも分かちあって育ってきた。
―――特に幼い頃は、互いの存在が悲しみを和らげ孤独から救ってくれていた。
2人で連れ立って、いつも朝食をとる部屋に向かう。
部屋の中には、壮年期を過ぎた偉丈夫の男性が1人。青色の衣に、双子と同じ金髪と、りっぱな顎髭をたくわえたアスティアーナ国の国王陛下その人である。
「ギルバートにエレノア、お誕生日おめでとう。2人が立派に大きくなった姿を見ることは私の喜びだ」
国王はそういうと目を細め優しく笑い、2人を抱擁する。
「ギルバートは私の若い頃にそっくりだ。エレノアはますます先妃に似てきておる」
亡き先妃を思い出したのか、国王の目に少し悲しみの陰りが宿る。
「そういえば……王妃のお加減はいかがですか?」
ギルバートが現王妃を母上と呼ばなくなったのはいつからだったろうか―――逡巡しながら国王が答える。
「うむ。まだ回復しないようだ。本日の公務は欠席となる」
「あの人が来るわけないわ。国民の目なんて気になさらないもの。どうせエドワードも一緒でしょ」
エレノアにいたっては、最早“あの人”呼ばわりだ。エドワードとは、現王妃と国王の間の子どもで、ギルバートとエレノアの異母弟だ。現王妃の影響を受けて育ったため、どうにもこうにも2人を心底馬鹿にしている。お陰で兄姉弟仲はとてもよろしくない。
家庭内問題を抱えて12年、家族の全員がこのことに諦観しており、危ういながらにバランスが取れている。
父王と一緒に食事をとった後、二人きりになったタイミングでギルバートがエレノアに零した。
「……王妃の事を考えるとやり切れない気分になるな」
ギルバートの言葉にエレノアが口を尖らせた。
「考えては駄目。それよりも目の前のことに集中しましょう。あの人には憎まれていても、私たちの事をお祝いしてくださる方は他に沢山いるのだから」
りっぱに物言う片割れに、感心したようにギルバートが口を開く。
「エレンは強くなったね。昔は泣いてばかりだったのに」
「……昔は、お兄様と私と、2人だけしかいないと思っていたの。でも今は、私たち以外にも味方は沢山いることを知っているから」
ギルバートは、そうだね、とエレノアに微笑みかけた。
「国民の前に出るのだから、しっかりとした顔をしていないとな。エレノア、私は大丈夫だろうか?」
どこか辛気臭くないだろうか――と心配するギルバートにエレノアが言った。
「大丈夫、お兄様はかっこいいわ!」
***
王宮のバルコニーから、今日この日に特別に開放された王宮に隣接する広場に向けて国王陛下とギルとエレンが手を振る様はまるで一枚の絵画のような優雅さをたたえていた。
一目でもロイヤル・ファミリーを見ようと広場に集った民たちは、祝福の言葉を口に、熱心に手を振っている。国王陛下と王子王女が退席した後も、広場の人だかりは収束することなく、人々は成人を迎えられた王子の国王としての資質や、王女の麗しさについて話に花を咲かせていた。
その後、ギルとエレンは王宮の一間にて、居並ぶ重臣たちの前で挨拶と会食と、立派に役目を果たしていた。
その姿をヴォルフ公爵の子息として眺めていたウィリアムは思う。
正装をしたギルの姿は何時にも増して一段とかっこいい。早くライラに見せてあげたい。
ウィリアムがギルバートとエレノアに声をかけられたのは、午後もだいぶ回った、例のライラと計画した誕生日お祝いのために約束を取り付けた時間になってからだった。
***
「ギル、お誕生日おめでとう!朝から顔はずっと見てたけど、やっと言えたよ!」
ピアノのある一室で、ライラ、アルベルト、ルイ、リリィーーアルベルトの妹ーーと一緒に待機していた僕は、部屋に入ってきたギルを見て声をかけた。
「やあ、ウィル。ライラ、アルベルト、ルイに―――」
「アルベルトの妹のリリィだよ」
僕の説明に、リリィがギルに向かって深くお辞儀をして答える。
「――リリィ。今日はありがとう。バタバタしていて申し訳ない」
「そんな事ないよ。それより!なんで上着脱いじゃったの?」
「ああ、あれか?もう公務はないし動きにくいから脱いだが――何かあったか?」
かっこいいギルをライラに見せたかったのに。なんて勿体ないことをするんだろう。
その時、後ろから、遅れてやってきたエレンがひょこっと顔を出した。
「エレン!お誕生日おめでとう!遠目でも綺麗だと思ったけど、目の前で見ると本当に美しいね」
「ウィル……ありがとう」
エレンはちょっと照れくさそうに笑った。白地に繊細な刺繍が施されたドレス……すごく美しいので思わず絵に描いてみたくなる。忘れないようにドレスを凝視して脳裏に焼き付けていたところをライラに邪魔された。
「ギル、エレノア様、お誕生日おめでとうございます!それでは、私たちからのお誕生日プレゼント、始めまーす。ほら、ウィル、来て!」
ギルとエレンに部屋のソファに座ってもらうと、僕はピアノに向かう。アルベルトの妹のリリィと連弾だ。連弾といえば聞こえはよいが、ルイから渡された楽譜が思った以上に難しくて弾けなかったため、ピアノの弾けるリリィに助っ人を頼んだのである。それにより、僕のパートは激減。リリィの伴奏に簡単な和音を添えるのみとなった。譜めくり係のアルベルトにも、自分でめくれるでしょう、と見放されてしまった。
カウントの後、音楽が始まる。ヴァイオリンとピアノの小品。ルイが書き起こしたその曲は、以前僕が10歳の頃にピアノでギルに贈ったその曲だ。異国情緒たっぷりの、美しいメロディの曲。
あの頃は、ギルがこの曲を好きなことは知っていたけど、理由までは分かっていなかった。何で知っているんだ、とギルが訝しんだ理由も。
前世を思い出した今の僕にはその理由がよく分かっている。
この曲は、ギルとエレンが小さい頃に、本当のお母様が歌って聞かせていた曲だった。先妃は遠い外国の出身で、亡くなるまでその故郷の歌を自分の子どもたちに歌っていたのだ。
この国では聞かないその歌は、ギルとエレン2人だけの秘密だった。
前世でやった乙女ゲーム『ときプリ』の中では、ギルバート攻略が後半に差し掛かると、ギルバート恋愛イベントの中で亡き母親との思い出と共にギルが語ってくれ、その後、ゲーム中でも度々流れるようになる曲である。




