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78.花の金曜日

「ウィル、今度の金曜の夜は空いている?連れていきたい所があるわ!」


ライラからの突然のデートの誘いである。

教室でいきなり近寄ってなんの前触れもなくこの振り。ギルとエレンがすごい形相で僕らをみている。


「別にいいけど……」

「良かった!じゃあ、16時にコンサートホールの前でね!」


「私も行きたいわ!」

「私も行っていいだろうか?」


ギルとエレンが同時に叫んだ。さすが双子、タイミングがぴったりだ。

ライラは困惑した表情を浮かべたが、直ぐに思い直したようだった。

「まあ、いいわ。何とかなるでしょう。では皆まとめて16時ね!」

ギルは嬉しそうに、エレンは僕の腕の服の裾を引っ掴みながら、わかったとばかりに頷いた。




当日、早めに待ち合わせ場所についた僕らはライラを待っていた。

「ライラはこのコンサートにウィルを連れてきたかったのね。ウィル、こういうの好きなの?」

見れば、今夜はここでヴァイオリンリサイタルが開かれるらしい。

「好きもなにも、ヴァイオリンリサイタルは人生初かも。ギルは?」

「私は王宮で演奏をされたものを聞いたくらいだ。しかし、すごい人だ。熱気を感じる」


「いたいた!ここよー!」

聞き知ったライラの声。

見れば、ライラとアルベルトがこちらに向かって歩いてきている。

「二人きりじゃなかったのね。アルベルトさんもいたんだ。なあんだ」

エレンが言った言葉にアルベルトが返した。

「俺がいては不味いでしょうか?」

「いいえ、その逆。良かったわ。うふふ」

何やら、エレンがアルベルトと打ち解けている。

一方のギルは、アルベルトの顔を見てあからさまに残念な顔をしていた。


ホールの中はさらに熱気に包まれていた。

「あったあった。席はここよ!それから、ギルとエレノア様は向こうの関係者席だから、これから案内するわ」

あまりのことに思考が停止したのか、無表情になる双子に、続けてライラが言った。

「だって仕方ないじゃない。直前に行きたいと言ったって、チケットは完売してるのよ。館長と理事長に、王子と王女が来たいと言ってるからといって無理矢理席を譲ってもらったんだから、文句は言わない!さ、行きましょ」

3人が連れ立って関係者席に向かう中、僕とアルベルトは先に用意された席に座る。

ホールの向こう側の席から、中年夫婦と女性4人がアルベルトに手を振っているのが見えた。アルベルトも立ち上がって手を振り返す。

「俺の家族だ」というと、アルベルトは再び席についた。

そういえば、アルベルトには姉2人に妹2人がいるって前に言っていたっけ。すごい女系一族だな。


それにしても、これは一体どういうコンサートなのだろう。

舞台に掲げられている紙には、いくつかの曲目と演奏者の名前が書いてあった。


ヴァイオリン: ルイ・パガニーニ

ピアノ伴奏: ニコロ・プロコィエフ


コンサート開演直前にライラが席に戻ってきた。

コンサートホールが暗くなり、舞台だけに灯りがともる。

右足を引きずるようにして、細長い青年が舞台に現れる。ヴァイオリンを構えると、ピアノ奏者とのコンタクトの後、音楽が始まった。


……演奏は圧巻だった。類まれなるテクニックに、叙情的な音色。ピアノの音としっかりと合わさり、2つの楽器がお互いを支え合いながらひとつの曲を奏でている。

このヴァイオリ二ストは、テクニックもさることながら、この若さでどうやってこの感情を揺さぶるような表現力を身につけたのだろう。会場の誰もが、彼の奏でる音色にうっとりと聞き惚れている。



演奏会の成功は、誰が見ても明らかだった。

観客は皆、興奮を抑えきれない様子で、舞台上の若いヴァイオリニストに拍手を送っている。隣にいるライラとアルベルトも、万感の拍手だ。

「さあ、ウィル。行くわよ!」

「え?行くって……どこに!?」

頬を上気させたライラが僕の腕を引っ張って立たせる。アルベルトが、帰途につく観客の隙間をぬうようにして僕達を先導する。

着いたのは、演奏者控え室などがあるホールの裏側部分だ。

そこには、先程の演奏を終えたヴァイオリニストかいた。


「「ルイ!」」


アルベルトとライラにルイと呼ばれた青年は、振り返ると子犬のように笑った。

「アルにライラ!来てくれてありがとう」

「俺の家族も皆来てたぞ」

「私なんて、王子と王女まで呼んでやったわ!これでルイの人気に箔が付くわね!」

おい。ギルとエレンが来たことを勝手に自分の手柄にするんじゃない。

和気あいあいとしている3人を眺めていると、ライラが僕の方を向いて言った。

「ルイ、こちらウィリアム。私の前世友達よ」

「ははは。ライラの空想友達ってことかな。はじめまして、よろしく」

ふと、今まで頭にもたげていた疑問を口にしてみる。

「ねえ、ライラ。ルイって……」

ライラは、ふと真剣な表情に戻ると、真っ直ぐに僕を見据えて言った。

「そう、あの『ルイ』よ。私の人命救助第1号」


『ルイ』。「ときプリ」で、アルベルトルートに進むと、アルベルトが過去に親友を亡くした事が語られる。その親友の名前がルイだった。


「ここに連れてきたのは、ルイの自慢半分。あとのもう半分は、死んだって設定だった人がこうして生きている姿を、見て欲しかったからなの」

「……」


それを聞いた瞬間、意に反して僕は少し泣いてしまった。

「あらやだ!泣いてるの?何で?」

「……僕は君と違って感受性豊かで繊細なんだ」

必死にかっこつけるが、どうにもしまらない。

ゲームでのアルベルトは、ルイの死を自分のせいにして、その罪悪感をずっと背負って生きていた。ルイの死は、アルベルトの心を大きく傷つけたし、精神に暗い影を落としていた。

今ここにいるアルベルトは、ゲームで見ていたアルベルトとは少し違ったアルベルトなのだな、と思ったし、それはすごく素敵なことだと思った。

それと同時に、アルベルトがライラにどんな気持ちで向き合っているのかも、心に沁みてくる。

「……ライラって、罪な女だよね」

「なにそれ?」

それまで形の良かったライラの眉が、キレイにノの字に変わって、僕は笑ってしまった。

「……変な顔。あと、今日は連れてきてくれてありがとう」

「いいってことよ!」


再び積もる話をはじめた3人を見て、別の場所に視線を移すと、館長だか理事長だかに、熱心にホールの説明をされているギルとエレンを見つけた。


ギル……君の好きになった人は、とても素敵な女の子だけれど、君の恋は前途多難だ。


僕はそっと目を閉じて、暫くの間演奏会の余韻に身を委ねた。

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