62.ライラとアルベルト 幼少時代編3(アルベルト視点)
「いた、あそこ!」
ライラの声を火切りに、次々と聞き知った声が種々雑多に叫ぶ。
「引き上げるぞ!」
俺とルイは、親父の船に助け出された。
ルイは船の上で手当を受けている。呼吸はしていて、わずかに意識もあった。
親父には、
「あの船は月末にメンテナンスするまで乗るなと言ったろうが!」と怒られた。
そんなこと聞いていない、と思ったが、ルイのことだけで頭が一杯で、そちらの方に反論する気は起きなかった。
「ルイは……?」
恐る恐る尋ねる俺に、親父が言った。
「心配すんな。助かるさ」
その言葉を聞いた途端、涙か溢れて止まらなくなった。
親父が、その大きな手のひらを俺の頭に軽くポンと置いてきたが、こんな時だけ子供扱いされるのが嫌で片手で払う。
構わず何度も頭を撫でてくる親父。それを何度も手で払いのけ続ける俺。
「アルベルト」
涙の止まらない俺の前にライラが現れた。
必死で海を泳いでいた俺に聞こえた声は、ライラの声。
ライラが俺とルイを見つけてくれたんだ。
俺の頭を撫でる親父の手を再度なぎ払ったその手で、そのまま俺はライラを抱きしめた。
ライラの肩に顔を埋めて、泣き顔を見られないようにする。でも、涙自体はとめどなく溢れてきて、どうにも止められなかった。
ライラは泣かなかったが、青白い顔をしていた。そして、俺の背中に小さな手をまわしてぎゅっと俺の服を掴んでいた。
今まで、ライラは大事な「仲間」だった。だけど、この瞬間から、俺にとって世界で1番大事な女性になった。
勝手な話だけど、誰にも渡したくないと、そう思った。
家に着き、毛布にくるまって暖かいミルクを飲む。
この日の夜は大雨で、海は大荒れした。俺は、あのまま助け出されなかったらと思うとゾッとした。
後から聞いた話によれば、ライラは俺たちと別れた後、すぐに俺の親父のところに行って船を出すよう大騒ぎしたらしい。「アルベルトとルイが大変だ」と興奮して話すライラは要領を得なかったが、使った船が例の船だと聞いて、念の為追いかけたのだという。
「前回、ボブがとんでもなく荒く使ってた船だったから、どっかしらガタがきていないか心配だったんだ」と親父は言っていた。
あんなにも長く感じた、俺がルイを連れて泳いだ時間は、実際の時間にすると大したことなかったらしい。
海に入ってから割と短時間で助け出されたのが、ルイに幸いした。
ルイの命に別状はなかったが、足の怪我は結構酷かった。
俺とライラは毎日お見舞いに通った。
ライラが、道端で摘んできた花をルイに渡しながら、しみじみと「ルイ、助かってよかったねえ」と言っていた。
ルイの足には残念ながら少し障害が残ってしまった。
少し右足を引きずって歩くようになり、前みたいにあちこち冒険する訳にはいかなくなった。
ルイの親父さんは、「こんなんじゃ、りっぱな職人になれねえ」と嘆いていたが、ルイは小さい頃からやっていたヴァイオリンに益々のめり込み、音楽の世界で身を立てるんだと前向きだ。
あの事件以来、俺はライラの前世の話を信じるようになった。ここから、ライラの世直し計画が本格的に始まったのだった。
***
「アルベルトの泣き顔って超可愛いのよ!」
学園の新規物品手配の打ち合わせの帰り、聞き知った声がカフェテリアから聞こえてきた。
「へえ、意外だな。アルベルトってライラの前で泣くんだ?」
ライラとウィリアム様だ。何やら俺の噂か?
「ううん、全然泣かない。ただ、1回だけ号泣してるのを見たことがあるの。『ときプリ』にもそんなシーン入ってれば、アルベルトはもっと人気が出たと思うわ」
「ご、号泣……?まあでも、アルベルトには胡散臭いイメージが張りついてたよね」
「そう、損してるわ」
言いたい放題だな。
「ライラ!」
抱きしめてその口塞いでやろうか……とも思うが、まあそんな事はせずに普通に声をかける。
「アルベルト!今帰り?」
「いや、これから親父に会いに行く。諸々で親父が王都まで来ているんだ。ライラも顔出すか?」
「行くわ!会いたい!」
ウィリアム様に手を振ると、2人で歩き出す。
「今ね、どうやったらアルベルトに人気が出るか考えてたのよ!」
聞いてもいないのにライラは話し出した。
「余計なお世話だ」
「だって悔しいじゃない。本物のアルベルトは自慢できるくらいカッコイイのに」
「ライラにそう思ってもらえれば十分だ」
言いながらライラの後頭部をポンと軽く触る。
少しくらい頬でも染めてくれても良いのにとも思うが、ライラはまったく平常運転で、
「この硬派キャラ!」とか話が別の方向にズレ出す。
長期戦なのは今更嫌という程身に染みているが、カッコイイとは認識されているのか……。
「何?アルベルト。なにか良いことあった?顔がにこやか」
「さあ?」
「教えなさいよ!私は何でも話してるでしょ~」
「ライラが勝手に話してるんだろ」
こんなやりとり一つ一つが貴重なのかもしれない。久しぶりに昔を思い出してそんな事を考えた。




