61.ライラとアルベルト 幼少時代編2(アルベルト視点)
船はゆっくりと海に向かって動きだした。
初めは順調だった。
ただ、たまたま大きな船の帰港と重なり、いつもと違う航路をとったのがいけなかった。
「アル、この辺り、潮の流れが早い」
「気をつけないとな」
言ったのも束の間、ゴッと鈍い音がした。どうやら船底と岩礁が衝突したらしい。その反動でマストを支えていたロープが切れる。その勢いのまま、マストの支柱までバキッと音を立てて折れた。
「嘘だろ……」
呆然とする俺だったが、うめき声が聞こえて我に返る。
見れば、ルイが折れたマストと、船に元々積んであった鉄製の器具の間に足を挟まれて倒れていた。
「ルイ!」
慌てて駆けつける。足は血だらけで、足首が嫌な方向に曲がっている。
マストを押しのけ、布切れで止血しようと試みるが、血はなかなか止まらない。一刻も早く医者に見せた方がよいのは明らかだ。
ルイの足を木片で固定し、きつく縛っている俺にルイが言った。
「アル……。浸水してる」
船の端をみると、ルイの言う通り、船が徐々に海に向かって傾いているのだった。
絶望的な気持ちで、ライラが必死に俺を止めようとしていたことを思い出す。
前世の記憶だといっていたが、まさか、本当に?それに、前世のくせになぜ未来がわかるんだよ。
「ルイがしんじゃったって、アルベルトが言った!」
ライラの言葉を思い出してゾッとする。冗談じゃない。ルイを死なせてたまるか。
何か使えるものはないかとあたりを見回すと、ライラが置いていった謎アイテムが目に入った。
「救命具って言っていたよな……」
藁にもすがる思いでルイにベストを着せ、自分も着てみる。
暫くすると船はすっかり沈み、縁の部分が少しだけ辛うじて海の上に浮かんでいる。ライラの置いていった救命具は実によく出来ていて、俺とルイは船の近くでプカプカと浮いている。
「これ、ライラが作ったのかな?よくできてる」
ルイが感心したように呟く。
「さあ?とにかく、行くぞ」
ルイの足の血は完全に止まっていない。血が流れ続けた状態のまま、海に浸かってるなんてヤバい。冷たい水の中で、体温だって奪われていくんだ。時間との勝負になる。
ルイのベストを引っ掴み、そのまま遠くの方に見えている陸に向かって泳ぎだす。
船で来れば大したことのない距離だが、泳ぐとどのくらいかかるのだろう。
「アル……。足でまといでごめんね」
「何言ってんだ、馬鹿」
どのくらい泳いだのだろう。
泳いでも泳いでも、遠くに見える陸の大きさは変わらない。
時折ルイに声をかけるが、その返事は段々と弱々しくなっていき、ついには返事ももらえなくなってしまった。
時間だけが重苦しくのしかかる。
絶望が近づいてくる気がした。
その時ーーーー
「いた、あそこ!」
ーーいつも聞き慣れていたはずのその声は、今の俺には天使の声に聞こえた。




