52.ライラVSディーノ
「聞いた?父さんったらフェラー社の腕章をつけていたからって、いつもと違う人にパン渡しちゃうだなんて、本っ当に騙されやすいんだから!」
馬を駆けるアルベルトの腕に納まりながらライラが怒っている。
「それを言うなら、うちのとこのマークはどこから出されたかもよく確認しないで『代理の人がいくから明日は休め』って通達を受けて休んでるんだ。ライラの親父さんは仕方ないだろう」
「そうかしら。父さんはいっつも何かしらどこかしらで誰かしらに騙されてる気がするわ!」
それより、いいのか?と警戒した表情でアルベルトは2人の隣に馬を走らせている僕の方に目をやる。
ライラは一息つくと、
「ウィリアム様には私の前世がバレてるの。もうこうなれば、開き直りよ!」
と言った。
聖パトリック学園についたライラ達が真っ直ぐに向かったのは生徒会室だった。
どかどかと生徒会室に入り込むライラと、それに続くアルベルトと僕にディーノが驚きの声をあげる。
「ライラ!?君は一体……」
声を荒げるディーノには目もくれず、ライラはディーノの手元の机の上にある書類を拾い上げた。
「あったわ!ローザンヌ商会との契約書。あと、私の退学要望書!」
何かを言いかけるディーノを左手でピシャリと止め、ライラが言い放つ。
「ディーノ様、ローザンヌ商会は王子と王女の誘拐犯として先程王立軍が連行いたしました。本日の学食パンの異物混入騒ぎおよびソロモン・グランディ事件についても、まもなく当商会の関与が判明するでしょう」
「それは……本当なのか」ディーノが驚きを隠せない様子で、後ろにいる僕に尋ねる。
「本当だよ」僕は、ゆっくり頷きながら答えた。
ディーノはライラに向かって優美に微笑みながら言った。
「契約を急がなくてよかった。教えてくれてありがとう、ライラ。さすがだ。その契約書は破棄しよう」
そうして、ライラが手に持っていた契約書に手を伸ばす。
ライラは一歩下がってディーノの手をかわした。
「ライラ?良い子だからそれを渡してくれないか」
ディーノの言葉に応じる気配はライラにはない。
「こんなものが存在していることがわかったら、ディーノ様、ひいてはイシュマーニ公爵家の名に傷がつきますわね」
ディーノの顔がさっと青ざめる。
「退学要望書のことを怒っているのか?それについては謝罪する。すべて誤解だったんだ」
「噂が人を滅ぼすこと、ディーノ様はよおくご存知ですものね」
契約書をヒラヒラ揺らしながら天使の微笑みをたたえるライラだったが、僕には悪魔に見えた。
「良い子だから、返すんだ!」
「返してもよいけど、条件があるわ!」
そういうと、ライラはディーノに何やらごにょごにょと耳打ちをした。
「なんだ、そんな事でよいのか?必ず、約束しよう」
引きつっていたディーノの顔に安堵の色が広がる。
「では、条件が達成されるまでは、この書類は私達が預かってるわね」
どうやら契約成立したようだ。
ライラの示した条件って一体何だろう?
ディーノは契約書と退学要望書が手元にすぐに返らないことに苛立ちと諦めを感じているようだったが、
「仕方ない。この話はこれで終わりだ。僕も事件の顛末が気になるから、これで席を外すよ」
と言うと、生徒会室を出ようと歩き出した。
その瞬間、アルベルトがディーノの腹に拳を一発お見舞した。ディーノはというと、そのまま生徒会室で伸びてしまった。
「アルベルト!?」驚く僕に、何だかあまり驚いていないライラ。
「俺の姫の肩に勝手にキスをした制裁だよ」アルベルトはしれっと言ってのけた。
肩にキス……って、まさかあの新入生歓迎パーティーのダンスのことか!
あの日、アルベルトもどこかから見てたんだ。
「しかし、仮にも公爵家の……」
「当然、普段なら俺みたいな庶民は泣き寝入りでしょう。でも今は違うだろ?」
忍耐と冷静な判断の鉄槌だそうだが、やっぱりアルベルトは喰えない。
ライラはというと、伸びているディーノの脇にしゃがみこみ、辺りを窺っている。
「ライラ、何を……」
怪しげなライラの動きに警戒しながら僕は聞いた。
「こんなチャンス、滅多にないわ!」
そう言うと、ライラはポケットから小瓶を出し、中の液体をディーノに飲ませている。
「ライラ、一体何をしてる!」
目の前の光景に警戒心はマックスだ。
「これでディーノは私の下僕よ!!」
さっきまで様付けだったのに、勝手に呼び捨てにしている。
媚薬の一種なの、と微笑みながら説明するライラにゾッとする。
「……その薬、僕には使うなよな」
「あら、大丈夫よ。あなたには効かなかったわ」
……既に試されてた!
最後の最後に恐怖体験をして、僕の長い1日は終わったのだった。




