49.邸宅
僕達は目隠しをされて腕と胴体を縛られ、邸宅のどこかに閉じ込められているようだった。
僕は激しい罪悪感に苛まれていた。
僕は馬鹿だ。
僕の軽率な考えでギルとエレンを危険な目にあわせてしまった。公爵家の嫡男としてあるまじき失態だ。
この辺りの一連の行動はゲームのストーリーから逸脱した行為だ。だから、この先何があるのかについてゲームの知識は役に立たない。
いずれにせよ、何としてでもギルとエレンをここから安全な場所に連れ出さなくては。まずはこの拘束具をどうにかしたいけれど……。
「暗くて何も見えないわ!」
「全員いるか?」
「ひでえ……」
暫くもぞもぞガサゴソと音がした後、視界が急に開けた。目の前にはエレン。
エレンが僕の目隠しをとってくれていた。腕と胴体の縄も必死に解こうとしてくれている。
「エレン!どうやって縄を解いたの?」
「ルークが助けてくれたの」
ふと横を見ると、ルークがギルと馬車の御者の縄を解いている。
「バレンヴォイム家秘伝の縄抜けの術がまさかこんな所で役立つとはな。ひいじいちゃんが先の隣国との100年戦争で捕虜になった時にこの技で脱獄したんだ」
「ルーク、すごいわ!」
「助かった、礼をいう」
まさかルークがこんなに頼りになるなんて。それに比べて僕は……と落ち込みそうになるが、それは後回し。次は一刻も早くここから脱出しないと。
部屋の中を見回すと、窓のない一室に僕達は閉じ込められていた。
どうやら、簡易的な倉庫として使用されているのだろうか。部屋の壁際にはローザンヌ商会のラベルのついた商品が山積みになっている。
ゲーム中でライラが捕えられていた部屋は、ゲームの背景画像から察するにもっと暗くて狭かったから、こことは違う場所なのかもしれないが細かいところはわからない。
「ウィルの読み通りローザンヌ商会が黒幕か。フェラー社の業者の腕章は盗んだか、買収したかでもして用意したのだろう」
ギルやルークもしげしげと部屋を見回している。
「見ろよ!パンがあるぜ!美味しそう!」
「ルーク、やめなさい!」
教師のような口ぶりになったエレンの制止もきかずにルークがパンに手を伸ばす。
口に入れて、悲しそうな顔をしてパンを吐き出した。
「これ、毒が入ってる……。学食のパンと同じだ」
心底ガッカリした顔をしているルークを見て僕は確信する。
ルークも馬鹿だ。
「学食に納品したパンの試作品だろうか。それに、これは……」
ギルの目線の先をみると、手のひらくらいの小さな瓶がいくつか並んでいた。
ギルがひと瓶とって見せてくれる。
「ソロモン・グランディ事件に使われた薬品だね。ラベルは……フェラー社ってあるけど、偽造したのかな」
「そういう事だろう」
ギルはそう言うと、瓶をひとつ、自分のポケットにしまい込んだ。
「どうやって脱出する?」
「外には見張りとか敵が沢山いたって不思議はないぜ。まず武器になりそうなものを探すか」
「ドアには鍵がかかっているわね」
思い思いに武器になりそうなものを手にとる。エレンまでその辺にあったホウキを持ち出したのには思わず失笑する。
「エレン……。エレンには無理でしょ」
僕の言葉にエレンがふくれっ面をする。
「何よ。私だって少しはやれると思うわ」
ホウキを握りしめる手にぎゅっと力を込めている。
僕はエレンが持つホウキの柄に手をかけると、エレンをじっと見た。
「ウィル……?」
エレンの手の力が抜ける。僕が手を離すとホウキがカランと音を立てて床に落ちる。
「駄目。エレンの可憐な手にこんな物騒なものを持たせる訳にはいかない。エレンは僕が絶対に守るから。エレンが武器を持たなくても良いように守るから。だから、危ないことはしないと約束して」
「ウィル……」
ゴホン、とギルの咳払いが聞こえた。
「取り込み中すまないが……」
「馬車の音が聞こえる。誰か来たみたいだ。これから何か動きがあるかもしれない」
時刻はおそらく昼過ぎくらい。ギルやエレンがいないと学園や王宮の人間が気づくのは、早くても夕方くらいか。遅いと夜8時頃まで問題にならないかもしれない。
でも相手側だってそんなのは承知だ。騒がれる前に何らかの手を打ってくるだろう。
息を潜めて待っていると、部屋の鍵を開ける音がしてドアが開いた。