36.事件
ソロモン・グランディは聖パトリック学園のごく普通の生徒だった。
このような事件に巻き込まれなければ、学園中に名前が知れ渡ることもなく、普通に学校を卒業し、結婚してごく平凡な人生を歩んだはずである。
しかし、事件は起こってしまった。
「君、大丈夫かっ?!しっかりするんだ!」
ディーノが叫びながら生徒の背中をさすっている。医者や先生も集い、ソロモンの意識を呼び戻すべく懸命の対応を続けている。
彼の側には空になった怪しげな小瓶がひとつ、落ちていた。
学園の警備隊の人が来て、ソロモンの部屋を調べている。ソロモンは意識がはっきり戻らないまま、医師と先生に連れられていった。恐らくそのまま入院するのだろう。
僕とディーノは、たまたま居合わせてしまったということと、生徒会メンバーであることから、警備隊が現場検証をする中、部屋の側でそのまま待機していた。
「ソロモン・グランディ。17歳。ディーノと同学年か。話したことある?」
「いや、まったく印象にない」
ディーノと取り留めもなく話をしていると、途中でルノワール先生とギルもやってきた。
「話は聞いた。大変でしたね」
「まさか学園でこんなことが起こるとは」
警備隊の隊長らしき人が早速ルノワール先生と話している。
「医者の先生も言ってるし、やっぱり急性薬物中毒だろうねえ。原因はコイツだろう」
警備隊の隊長が差し出したのは手のひらサイズくらいの空瓶だった。
「もみ合った形跡もないし、怪しいものといったら、この瓶と、瓶の近くに一緒に落ちていたこの白いハンカチくらいかなあ」
その瞬間、ギルの顔色が変わる。
「そのハンカチを近くで見ても良いだろうか」
「ギル?」
警備隊の隊長が持ってきたハンカチを手に取ったギルの顔色はますます悪くなる。
「一体どうしたの?」
「……私のだ」
「え?」
「このハンカチは、私のだ」
「何を言っているの?そんな事ある訳――……」
「王家の紋が刺繍された白いハンカチ。間違いなく私のものだ」
沈黙が落ちる前にルノワール先生が口を開いた。
「ギルバート君があそこに落としていったのですか?」
いきなりすごいことを聞いているルノワール先生に悪気はない。
「前に紛失していたものです。何故ここに……」
ギルがルノワール先生に真面目に返した。
「ちょっと失礼」
ルノワール先生が警備隊の隊長から先程の瓶を取り上げる。
「何が入っていたのかも気になりますし、ちょっとだけ私が預かってもよいですかねー。適切に対処しますから」
「何言ってるんですか。学園で何か起こった時は王立軍が直轄ですから、これは軍に渡します。でないと私もクビになってしまいます」
ケチーといいながら、ルノワール先生は渋々瓶を警備隊に返す。
ただ、返す前に瓶を僕達の前にかざして見せてくれた。
嫌な予感がしたが、やっぱりというか何というか、ラベルには“フェラー商会”との記載があった。




