32.距離(ギルバート視点)
ほぼ毎日の日課になったライラとの昼休みの会話。彼女の横顔を見ながら思いを馳せる。
昨日、ウィルに彼女を避けている理由を聞き出そうとしたけれど、鶏のせいでうやむやになってしまった。
ライラは確かに他の令嬢とは違うと思うけれど、話す前の段階から避けるというのは彼らしくないな。
私が理由を聞いた時に見せた、あれ程歯切れの悪い態度を取る彼も久しぶりだ。
「コケーッっと言いながら鶏が飛んできて、ウィルに向かってきたんだ」その時の鶏の勢いを示すべく、ジェスチャーを交えて語った。
ライラは初めは まあ、乗馬中にとか、危ないとか聞いていたのだが、その内俯いてしまった。心配させたくないので、最後にはウィルが錯乱して鶏の顔がライラだと言い出した話は秘密にしておこう。
一回避けたのに何度も何度も目をギラギラさせて飛んでくる鶏が恐怖だったと話し終えた時。
「ぷっ!あはっ、あははは!」
もう、耐えられないといった様子でライラが笑う。
「ごっごめんなさい。あはっ、失礼だとは思うんですが、もう、駄目……」
本気で笑っているという笑顔だ。
思えばライラが笑った姿を見たのはこれが初めてだ。いつも微笑みと笑顔を浮かべているライラだが、ライラと話していると、どうしても開けられないドアがライラの中にあるのを感じるのだ。私はそのドアの向こうに行きたくて、ライラをもっと知りたくて進もうとするのだが、中々うまくいかない。何と表現して良いのかわからないが、一緒に過ごしていても、彼女はもしかすると私と違う人と話しているのではないかと思わせる何かがライラにはあった。でも今の笑顔の彼女からは何時ものそんな雰囲気はまるで感じない。
「私も食用に鶏を飼っていた事があるんですが、黒い服を着ていたらある日襲われてしまって。凄い超躍力で怖いんですよね。ギルの真似がとても上手いから、思い出しました。
……普段は格好良いギルが鶏の真似……。駄目だ、夢に出そう」
「そんなに面白かっただろうか」
「うくく」
「ウィルには可哀想だけど、面白かったなら良かった。貴女はそんな風にも笑うんだね。今の笑い方、あとは夢を語る時の眼差しとか。変な言い方になるけれど、本当の貴女に触れた気がした」
彼女の目がまん丸になる。
「え、ああそうですね。学園では気を張っているのもありますし。そうですね。失礼でした」
可愛い笑顔を浮かべてはいるが何時もの距離がある彼女に戻ってしまった。何か不味い事を言ったのだろうか。
そんな些細な変化が寂しくなるくらいには彼女に惹かれてしまってきている。
「他の人に見せない貴女を見せて」
そうライラに言えば、ますます距離を置かれてしまうのだろう。
今はまだ言うべき時ではない。でもいつか、貴女の心のドアを開くのは私でありたいと願う。それまでは貴女の望むままの私でいよう。偽りの貴女でも、離れていってしまうのはとても悲しいから。




