3.出会い
医務室に控えめなドアのノック音が響く。この部屋の本来の主は職員会議中であり、部屋には僕1人だ。
早速きたか、と少し身構える。これから始まるのは乙女ゲームの主人公ライラ・スペンサーと僕ウィリアム・ヴォルフの出会いイベントだ。
「失礼します。」と女の子らしい可愛い声とともにライラが入室する。プラチナブロンドの長い髪に青い大きな瞳。美人というよりかは可愛い顔立ちに、陽だまりのような雰囲気。ああ、この娘もりっぱに乙女ゲームの主人公そのものだなあと妙に感心してしまうが、どうやらいるはずのない僕の存在に戸惑っているらしい目の前の娘にとりあえず声をかける。
「医務の先生はいない。残念だったね。出直したら?」
うーん、我ながらそっけない。でも正直、今はライラ本人と向き合うような気分ではないし、ウィルのキャラとしてはこんなものだろう。
ライラは動じるでもなく、小首をかしげ、微笑みながら僕の目をまっすぐ見て言った。
「あなたはサボり?ギルバート様は学園の見本だというのに友人のあなたはまるで違うのね。」
言われた時の僕は驚きのあまり大きく目を見開いた。なんなら口もマヌケに開いていたかもしれない。
なぜならライラのこのセリフは、1度ギルバートとの恋愛ENDを経験しないと出現しない選択肢なのだ。なぜゲーム開始直後でこのセリフを…と思ったが、ゲームとは違って人生やり直しはきかないのだから、始めからこのセリフが出ても不思議はないのかもしれないと即座に思い直す。前世でゲームは相当やり込んだんだ。まかせろ、この後のウィリアムは確か…。
「ギルバート?」
ウィリアムはベッドから起き上がると、驚いたウィリアムにつられて少し戸惑った様子を見せたライラに近づく。
ライラの目の前に立ち、横にある壁に片手をつくと少し低めの声でゆっくりと、しかし口をはさむことを許さない調子で話す。
「あんな優等生と一緒にするな。だいたい、男の前で別の男の話はしない方がいい。特にその男の興味を惹きたい場合はなおさらだ。」
言いながら、もう片方の手でライラの髪の毛を梳くい、ぱっと手を離す。
ライラは突然のことに顔を赤らめ、触れられた髪を抑えるとそのまま何も言わずに医務室を出ていってしまった。廊下から聞こえる足音から察するに走って逃げているのであろう。
ライラが遠くに行ったことを確認すると、ウィリアムは再び医務室のベッドに倒れ込む。
そうして、医務室にはうなだれた青年が1人取り残されている。
「あ~…思ったよりキツイ……。」
乙女ゲームの攻略キャラのセリフ、ゲーム画面で見るのと自分が実際に言うのとでは、大違いである。
「キャラじゃないっつの!いや、こんなキャラだけど。イベント発生の度にこれやるの?!恥ずかしすぎるんですけど!」
「あ、もしかしてやる必要ない?人生自由に生きてよいよね!?」
「さっきは思わずごまかさなきゃとか思っちゃったけど、誰もそんなの知らないっつうの。」
「だいたいライラも反応うすい!もっと恥ずかしがるとかツッコミいれるとか、あの微妙な反応じゃ心が折れる…。」
思考が口からダダ漏れである。
ライラと対峙してもまったくときめかなかった。ゲーム開始時で親密度が低いせいだけではない、と思う。これから先も「恋愛はない」と心の底からそう思える。なにせ前世の記憶があるのだ。すでにわかりきった展開でわかりきった振る舞いをしてくる相手に恋に落ちる訳がないのだ。
しかし、ライラが自分に興味をもってイベントを進めてきた場合、僕はどうなるのだろう。ゲームの強制力で口説かなくちゃならないのだろうか。それとも僕からフラグを折ることは許されるのか。
とにかく、ライラには僕以外の人に恋をしてもらわなきゃ困る。今後の展開を考えると、もうひとり恋をしてもらいたくない攻略キャラクターはいるが、とにかく最優先で僕は無しだ。
もう、ギルバートでよいじゃないか。前世では「ギルバート×主人公」も推していたんだ。萌えのカップリングを傍で生暖かく見守るのも人生オツかもしれない。
ちなみに、恋をして欲しくない人No.2はアルベルト・フェラー。学園の卒業生にして、海運王の息子。親父と共に大規模な商業団を率いており、学園には交易の品を卸したりするためにちょくちょく顔を出してくる。
こいつとライラが仲良くなると、学園内に媚薬や眠り薬など怪しげな薬が流通し、決闘事件が起きたり殺人未遂事件が発生したりと何かと物騒な学園生活になってしまうのだ。
もう、ここは「ギルバート×主人公」だ!僕の平和な学園生活を守るために!
学園生活に妙な目標ができ、すっきりした気分で僕は医務室を後にした。