154.告白
言葉の続きは掠れて音にならなかった。
エレンの手を握り、縋るように祈る。
どのくらいそうしていたのだろう。
しばらくすると僕の手を微かに握り返すかのような小さな動きを手のひらの中に感じた。
「…エレン?」
思わず顔をあげてエレンの顔を見る。
エレンの閉じられた瞼が徐々に上がり、緑の瞳が僕を見つめた。
「エレン!」
「―――ウィル」
「良かった!意識が戻ったんだね!今、医者を呼んでくる―――」
エレンの傍を離れようとした僕を引き留めるかのようにエレンの手に力が入った。
「エレン、大丈夫。直ぐにもどってくるよ」
目が覚めたばかりで心細いんだろう。
大丈夫だよ、と言いながらエレンの手を離そうとする僕にエレンは僕が思ってもいないような言葉をかけた。
「―――聞こえたの」
「え?」
戸惑う僕に、エレンは見る間に顔を赤くした。
なんだなんだ?聞こえたって何が……。
この部屋は静かで、物音ひとつない。
聞こえるとしたら僕の独り言ぐらいしか―――。
―――――好きなんだ
自分の言葉を思い出して思わずはっとする。顔に熱が集まり、今にも湯気が出そうだ。
「エレン、まさか、さっきの聞いて―――?」
言いかけて自分の失言に後悔する。思えば熱が出ているんだからエレンの顔が赤いのは当然じゃないか。さっきまで意識もなく寝ていたのだから聞いてるわけがない。そうに違いない。
そう思いたいのに、別の可能性も頭から離れず心臓が大きく脈打ちだす。
「待って、エレン。いつから意識があったの……」
「ウィルの声で意識を取り戻せたの……」
エレンの言葉に僕は固まって、自分の耳を疑った。先程から高鳴っている心臓の音がうるさくてうまく物事を考えられない。
エレンの瞳が真っ直ぐに僕に注がれている。
エレンの頬も首も赤く上気しており、熱がいっそうエレンを責め立てているようだ。
呼吸は深くて、体は苦しそうだった。
エレンの意思と視線だけが体に抗って僕に対峙している。
こんな状態なら、僕の声は聞こえても、意味がわかる言葉としては届いていないかもしれない。
エレンの体を心配しつつも、淡い可能性に心のどこかで安堵する自分がいた。
「エレン、とにかく今は休んだ方がいい。話なら後でもいっぱいできるから」
エレンの体を労り休息を促す僕に、エレンが首を微かに横にふって言った。
「さっきの、もう一度聞かせて。本当のことなら……」
エレンの言葉に再び固まる僕。
さっきの、って……。
二人の間に沈黙が落ちる。エレンの息遣いだけが聞こえてくる。
さっきの、って、言い逃れしようもなく、僕の独白めいた告白のことだ。
理由はともかく、エレンはどうしてもこの話を終わらせる気はないようだ。
ここまできたら覚悟を決めない訳にはいかなかった。
僕は大きく息を吐いてから言った。
「聞かせるつもりはなかったんだ。良い幼馴染でいたかったから。聞こえても知らないフリをしてくれて良かったのに……それも駄目だなんて、ひどいよ?」
エレンの瞳は一層大きく見開かれ、僕の言葉の続きを待っている。
僕は……辛い状態を堪えて僕に注がれる眼差しに、嘘はつけないと思った。
エレンの顔を直視できずに、視線を下に落として正直な気持ちを話す。
「さっきは……エレンが好きだって言った。幼馴染としてではなくて、いなくなっては生きていけないと思うほど、僕はエレンが好きなんだ……」
エレンからの返事はなく、恐る恐る顔を上げると、エレンの瞳からは涙が滲み出ていた。
「ごめん、エレンを悩ませたい訳じゃないんだ。僕の今の言葉は忘れてくれて構わないから」
慌ててエレンの涙を指で拭う。
僕はどうにもエレンの涙に弱い。
すると、エレンは首を横にふって、僕の手に自分の手を添えると驚くべき事を言った。
「私も……ウィルが好き……」




