15.友情のベクトル
ギルは生徒会室にいた。相変わらずやる事がたくさんあるのだ。
かくいう僕も放課後は生徒会室に行きギルの手伝いをすることが最近の日課となりつつある。
「お待たせ、ギル。」
「先に始めてるぞ。」
とりあえずいつもの席に座るが、仕事を始めずにどうしたものかと思案している僕に、ギルが書類を読む手を止めた。
「どうした?」
「・・・あのさあ、ライラからクッキーとか貰ったことある?」
一応言い方を悩んだのに直球で聞いてしまった。
「いや、クッキーはないが・・・・・・。ウィルは貰ったのか?」
「僕じゃなくてルークが毎日・・・」
言いかけてはっとする。ギルは視線を下に彷徨わせ、片手を心臓の位置にあてた。
言葉を止めた僕にギルが口の端だけで無理矢理微笑む。
「ああ、ウィル。すまない。話を止めるつもりはなかったのだが・・・」
一息つくと、嘆息しながらギルが言う。
「なんとも狭量な自分が嫌になるよ。」
・・・これは、まさか・・・・・・。
切ない片想いに身を焦がしているイケメン―――。
『片想いしてるイケメンキャラっていいよねー。あの切ない感じと報われない感じがさー。』
『 ヒロインとくっついて幸せになって欲しいけど、そーなると、他の片想いキャラが可哀想で気になってくるんだよね・・・。』
『超わかるー。 』
頭の中のどこかから、前世のどこかで聞いたような言ったようなセリフが聞こえてくる。片想いイケメン、女子中高生の大好物だ。
目の前で溜息をついて切なげにしているギルを見ると、確かについ何か力になってあげたくなる。だが、相手はライラ。ルークやディーノの件を考えるととてもおすすめ出来ない。
とりあえず、ここは慰めるだけはしよう。恋に傷ついたギルバートを慰めるとは、前世の自分からしたら垂涎ものだよなあなんて考えながら、推しキャラの友人という特権的立場を行使するために僕は立ち上がった。
「ギル、あんな訳わかんない女のことなんか考えるな。」
ギルの肩に手を置くと、ギルが反射的に僕を見上げる。
「そんなにクッキーが食べたいなら、僕が作ってやるよ。」
・・・思わず慰める方向性を間違えてしまった。これは違うだろ。
ギルは別にクッキーが食べたい訳じゃないんだから。
しまった、どうしよう・・・と思った瞬間、生徒会室のドア付近からドサッと何かが落ちる音がした。
見れば、ドアの前にライラが立っている。
足元にはクッキーが入った籠。どうやら先程の音は、ライラがクッキーを籠ごと落としてしまった時のもののようだ。
「ライラ?!」
不意の来客にギルと僕が驚く。
一方のライラも少し顔を赤らめて慌てた様子だ。
「勝手にお邪魔してごめんなさい。あの、私に構わず続きを・・・。」
「あなたは・・・一体いつからそこに居たというのだ?!」
ギルの声が上ずっている。
わかる、わかるよギル。僕だって、片思いの女性が他の男性にクッキーあげたくらいで嫉妬してるところを本人に知られたくないし見られたくない。
「今しがた来たところです。お忙しいお二人に差し入れを持ってきたのですが・・・、落としてしまいました。お邪魔してすみません!失礼いたします。」
慌てて籠を拾い、部屋を出ていこうとするライラをギルが止める。
「待ってくれ!その・・・・・・、あなたが折角持ってきてくれたクッキーだから、是非頂きたい。」
ええっ?!だってそのクッキー、ハート型だし、ラブリースマイルハートクッキーなのでは・・・。
「でも、落としてしまいましたので・・・。よろしければまた別の機会にお持ちします。」
そうだそうだ!いいぞライラ、その通りだ。
「クッキーは籠の中に入っているので無事だろう。」
ギル、食い下がるなあ。
「ギル、その辺にしておいたら。ライラ嬢をこれ以上困らせては気の毒だ。クッキーなら僕がつくるよ。」
ギルにライラのクッキーなんて食べさせる訳にはいかない一心から出た言葉にライラが食いつく。
「まああ!ウィリアム様はクッキーを作るのですか?」
「いや、作ったことはないが・・・・・・。」
ただ、前世では作ったことがあるから何とか作れるだろう。
「ではギルバート様のためだけにわざわざ・・・?素敵ですのね!」
ライラの瞳が輝いている。何だろう、この反応は。前世から知っている懐かしい感じがするような・・・。
「いや、私はウィルのではなくライラあなたの・・・」
「このクッキーのことなら心配ご無用です。ちょうど食べてくれそうな当てがありますので。ギルバート様は是非ウィリアム様の手作りクッキーをお召し上がりください。」
おい、その当てってまさかルークじゃないだろうな。
最後にライラは、「私のお持ちしたクッキーはハート型ですので、是非ウィリアム様もハート型でお願いしますね。」と僕に耳打ちすると、生徒会室を出ていった。
「ウィル、最後にライラに何か囁かれていたが、彼女はなんと?」
「・・・・・・クッキーを作る際はハート型にしろと言われた。」
ライラが去った後に残された男2人の取り残された感が半端ない。
ライラは一体何を考えているのだろう。
神様、僕には彼女がわかりません。




