148.墓地にて
墓地の一角にへたりこみ、お互いがお互いの服を必死で掴んで抱き合っていたヨシュアとライラ。
その様子を一瞥した人は、誰もが皆、2人が恐怖に突き動かされ、たまたまそこにあった寄る辺にしがみついたのだと瞬時に理解したことだろう。
ギルバートとアルベルトもそうであった。
ただし、2人の場合は、不安に身を寄せあっている可哀想なヨシュアとライラをそのままにすることはせずに、容赦なくヨシュアとライラを引き剥がしたのだったが。
ギルバートとアルベルトの姿を見たライラとヨシュアは明らかに安堵したようだった。
見る限り、2人とも怪我の類はないが、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「一体、何があったんだ?」
アルベルトの問いにライラが呟く。
「……ヘクターが……」
「……ヘクター?」
「誰だそれは」
いきなり知らない人物の名前を出されたギルバートとアルベルトは困惑する。
ライラの言葉の続きを待つも、ライラはそれきり貝のように口をつぐんでしまった。
ヨシュアも何かを言う気配もない。
「……とりあえず戻ろう。落ち着いてから話を聞く方が良さそうだ」
2人から直ぐには何も聞けそうもないと察したアルベルトが提案する。
もう時刻はすっかり夜だし、捜索対象の2人を見つけた今となっては、こんな場所に長居する理由は何も無かった。
アルベルトの提案にギルバートは頷いたが、ライラは突然水を得た魚、もしくは急にスイッチの入った電動人形のように勢いづいて反論しだした。
「待って……!このルビーの指輪を墓の中に入れないと私達呪われちゃう……。だから、それまで絶対帰れない!」
ライラは白い墓石の前に転がっているルビーの指輪を指差しながら訴えだした。
「本当です!信じてください!!死者の魂が地獄へ落ちてしまいます」
ヨシュアまでもが懸命に懇願する。
2人の話は支離滅裂だったが、とにかくルビーの指輪を目の前の墓の棺の中に収めたいと思っている事、2人共何やら恐怖に突き動かされている事はギルバートとアルベルトにもどうにか分かった。
ルビーの指輪を墓に入れなければ梃子でも動かなそうな2人の様子に呆れながらアルベルトが言った。
「……そんなに言うならやるか。入れるだけでいいんだな」
ライラを説得して連れ帰るよりも、ライラの望みを叶えた方が早そうだと判断したのだ。
惚れた女性の望みでなければ墓を掘り返す気にはならなかっただろう。
ライラがこんな――憔悴した――様子というのも珍しい。
しかし、どうせ叶えるならもっとロマンティックで道徳的に健全な願いを叶えたかったとアルベルトの男心と常識が内心に沸き起こる。
「スコップは教会の裏に置いてあるらしいから、取りに行くわよ!」
そんなアルベルトの気持ちはつゆ知らず、懸命にわめいているうちに気を取り戻したのか、しっかりとした口ぶりでライラが言った。
「いつもの調子が少し戻ったみたいで良かった。まったく、どれだけ心配させるんだ。さっさと終わらせて帰ろう」
ライラの声音に芯が戻った事に安心したアルベルトが思わず目を細めながらライラの頭を撫でる。
それを見たギルバートは内心、心にさざ波が立つが、当のライラはアルベルトの行為に何の感慨も持ち合わせていないようだった。
「やだ、頭に土でもついてた?」
「土がついてなきゃ撫でちゃいけないのか?」
しかし、実際にはライラの頭に土がついていたので、それを丁寧に取ってやりながらアルベルトが続ける。
「それにしても……何でスコップのある場所を知ってるんだ?それに、誰かに聞いたような口ぶりも気になった。ヘクターって奴にか?」
「……!」
アルベルトが疑問を指摘した途端、ライラの表情は見るからに硬くなり、ライラは言葉をを出さずに少しだけ頷いた。
***
持ってきたスコップでアルベルトとライラが土を掘り始める。
「ライラは別にいいぞ、俺がやるから」
アルベルトの言葉に、ライラが気丈に返答する。
「人手があった方が早いでしょ。それに、私がやるべき事だし。ヨシュアもやるわよ!さっきの、忘れたくても忘れられないでしょ」
ライラが自分がやるべき事、と認識している理由は、ライラがヘクターと会ってその話を聞いたからである。ライラにしてみれば、当然ヨシュアにもその義務があるのだが……。
「僕は死者へ祈りを捧げます。土で汚れた手では祝福を与えられないので、ここで見てますね」
やろうと言った側から適当な言い訳で土掘りを回避するヨシュアをライラはじろりと睨みつけた。
「ライラ、私が代わろう。女性の力ではスコップで土を掘るというのはきついだろう」
ギルバートがライラと代わろうと提案するも、それにはアルベルトとライラが難色を示した。
「いえ、ギルバート様にはやらせられません。未来の王が墓荒らしとは、良くないでしょう」
「そうよ!荒らすんじゃなくて宝石を入れるだけだけど……。イメージは最悪よ。ギルはそのまま松明を持っていて」
ギルバートは、それを言うならライラだって自分が妃に迎え入れれば未来の王妃なのだが……と思わないでも無かったが、未だそれを主張できるような関係でもない。
こうして松明を持って見張りのように立っているだけでも世間からの評価は掘っている側と大して変わりはないだろうから、という理由で再三主張してみたが、「そこは大違いだから」とライラに強く却下され引き下がるしかなかった。
アルベルトとライラが土を掘り続けていると程なくして棺の表面が見えた。
「……開けるぞ」
アルベルトが力を込めて棺の蓋をずらすと、何とも言えないカビ臭いにおいが広がり、遠の昔に白骨化した遺体が現れる。
「うっ」
臭いに思わず口を覆い、クラクラと目眩を覚えながらも、ライラは何とかルビーの指輪を持って骸骨に近づいた。
「えーと、左手の薬指はどこかしら……何で骨がこんなに片方に偏ってるのかしら?」
棺の中で、死者の骨は棺の左側の上方に両手と頭が置いてあり、両足も曲がっている。どうしてこんな不自然な形で棺に納めたのだろうか。
「……可哀想にな」
アルベルトがポツリと呟いた。
「あ、きっとここね」
ライラはなんとか死者の薬指かと思われる骨にルビーの指輪を滑り込ませる。
「これで安らかに眠ってね。デルタさん」
ライラが死者に声をかけたその瞬間、棺桶から白いドレスを着た女が立ち上がり、恭しく一礼をすると、女の隣にこちらも突如現れた青年―――先程まで一緒に洞窟の中を歩いていたヘクター―――の手を取り、瞬く間に消えてしまった。
「――――――ギャーッッ!!!」
ライラが盛大な悲鳴をあげて仰け反る。
ヨシュアは無言のまま腰を抜かして地面にへたりこんだ。
「ライラ!?どうした?!」
ギルバートとアルベルトが心配そうにライラを覗き込む。
「どうしたも何も……見たでしょ?今の!」
「……」
困惑した様子で無言のまま顔を見合わせるギルバートとアルベルトに、ライラが言葉を続ける。
「え……?いたじゃない。あんなにはっきり……」
「幽霊が出たとでもいうのか?……コウモリでも見たんじゃないか?」
「ライラ、墓地というロケーションもあって、在らざるものが見えた気になっているだけだよ。幽霊なんてものは存在しない」
ギルバートとアルベルトに否定され、ライラは振り返ってヨシュアの顔を見た。
ヨシュアはライラに向けて大きく何度も頷いて見せたが、その様子は、お互いが見たものが同じであったことをライラに確信させた。
***
「目的も果たしたし、もう戻ろう」
アルベルトが棺の蓋を閉め、掘った土を元通りにし終わってから言った。
ちなみに、ライラは腰が抜けてしまったので土を戻す作業はアルベルトがほぼ1人で行った。
「……まだ腰が抜けて立てないのだけど」
ライラがバツの悪い顔をして呟いた。
「しょうがないな。背負っていくから捕まれ」
アルベルトがライラに背中を向けてしゃがむ。そんなアルベルトの前にギルバートか進み出た。
「アルベルトばかりに任せるのも悪いし、ライラは私が運ぼう」
そうしてギルバートもライラに手を差し伸べる。
「しかし……王子に重たいものを持たせる訳には……」
「ライラは華奢だ。重たい訳がないだろう」
「48kgあるわ」
「そのくらいならいける」
「しかし、俺がいますし……」
ライラをどちらが運ぶかでギルバートとアルベルトが攻防を繰り広げていると。
「……あのう、僕も腰が抜けて動けないです」
ヨシュアが気まずそうな顔で片手を挙げて申告した。




