145.行き止まり
ギルとエレンとアルベルトと僕の4人でどのくらい洞窟を進んだのだろう。
いつの間にか天井が高くなり、岩壁の隙間から夜空が零れてくる。横には川が流れており、水のせせらぎが心地よい。
「ここ……どこ?」
僕は思わず呟いていた。
「驚いた……。洞窟の中にこんな場所があるとはな」
「天井の隙間から外は見えるが、上からは出られそうもないか……。まだ進むしかありませんね。もうすぐで出口だと良いのですが」
ギルとアルベルトが上を仰ぎ見ながら話し合っている。
一方のエレンは、近くの石に座り、少しの休憩をしている。
「エレン、大丈夫?結構歩いたし、キツかったよね」
「そんなに歩いてないわ。平気よ。これくらい」
「ヨシュアが心配?」
「当たり前でしょう?ヨシュアもライラさんも両方心配だわ」
そう言うエレンの顔色は冴えない。
確かに、僕が当初考えていたより事態は簡単じゃなかったと、目の前に広がる景色を見ながら反省する。こんなことならエレンがついてくると言った時に断固阻止すべきだったのだ。
今は何とかエレンの気を紛らせてあげたくて、僕は勤めて明るい声で言った。
「小さい頃、良くギルと王宮の裏の洞窟に入って遊んでいたの思い出すな。エレンもついて来ちゃった事があったよね」
幼い頃の話を出してみると、それが幸をそうしたみたいで、それ迄尖っていたエレンの雰囲気が少し和らいだようだった。
「あれは、その……お兄様とウィルに置いていかれるのが嫌だったのよ。皆で一緒に遊びたかったの」
昔を懐かしむように、ちょっと気恥しげにエレンが答える。
「エレンが洞窟の中で転んだこともあったっけ。あの時は上手く守れなかったけど、あの時より僕も大人になったから、今は頼って貰えると嬉しい」
エレンはいずれ僕の手の届かない所に行ってしまうのだとしても、その時までの間はもう少し僕に頼って貰いたい。
立ち上がる為に、エレンの目の前に手を出す。
丁度、僕達の間に月明かりが差し込んでいた。
ぱちくりと目を瞬きするエレンに笑顔を向ける。
「手を取って、僕がいるから大丈夫」
「……」
しばらく沈黙が続き、恥ずかしくなってきた。
不安を取り除いてあげれたらと思ったんだけど…。僕がいるからは言い過ぎ?
エレンからは何の応答もない。居た堪れなくなってきた。
「……あー、エレン、その……」
「あの時だって守ってもらったわ」
いよいよ沈黙の事態を収拾しようと、何か言わなければと僕が考え出した頃に、エレンは僕の手を取った。
そして、口の両端を上げて、笑いかけてくれる。エレンにそう言われたのが嬉しくて、僕は少し照れてしまった。
「……何か間があったけど。笑ってくれたから良いけど、女性ってずるいよね」
「そう?男の人だってずるいわ。結局昔から変わってないって思ったの」
「何がさ?」
立ち上がったエレンは僕に言った。
「私は今も2人に置いていかれるのが嫌みたい。なのに2人はいつも先に行っちゃうの」
「え?」
「一緒にいられるうちは一緒にできることをしていたいの。お兄様とウィルは、きっとこれからも一緒にいるでしょう?でも私は……」
「………」
エレンはそんなことを考えてたんだ。
僕からすれば、ライラとヨシュアの捜索でエレンを危険な目にあわせたくないから、一緒にきたのはまずかったと思うけれど、エレンからすれば、自分だけ置いていかれるような気持ちなんだ。
「でもまさか、ヨシュアとライラさんを探すだけでここまで大袈裟な事になるとは思っていなかったけれど」
「……そうだね」
エレンの方こそ色々道が決まって僕のことなんかそっちのけで先に大人になっていく感じがしていたけれど……。
そんなエレンが、僕に置いていかれると感じている事自体が意外で、うまい返答が思いつかない。
エレンも僕の手を離した後は僕より先、ギルの後をしっかりと進んでいく。
しばらく行くと、行先が二股に分かれていた。
「……困ったな。ライラ達はどっちに行っただろうか」
ギルが長い溜息をつきながら言った。
右側の道は暗く、天井も今いる場所よりも低くなっている。本格的な洞窟が続いていそうな雰囲気だ。
一方の左側の道は、小川が脇に続き、洞窟の天井には所々裂け目があって空が覗いていて、右の道に比べて明るい。
「普通に考えれば、左側に行きたくなるね」
僕の言葉にアルベルトも同意する。
「俺もそう思います」
「では左側を進もう。このまま洞窟が外に繋がっているのなら、捜索は厄介だな」
「もしそうなら1度学園に戻って人を集めて大勢で探した方がいいね」
「しかし、それでは時間がかかる」
「とにかくもう少し進んで見ましょう」
僕達は左側の道を選択し、暫く川に沿って進む。道はなだらかな登坂になっていたため、歩くたびに川との距離は開いていく。川の幅は狭くなり、水は段々深くなっているようだ。いつの間にか岩場となった地面との境は小さな崖になっていた。
「エレン、足元気をつけてね」
「ええ。地面が硬いし、上り坂はヒールだと楽なの」
エレンは口では気丈な事を言っているけれど、大丈夫かな。
程なくして川は僕達の進んでいる道と袂を分かち、暗い洞窟の先へ続いているだろう水の音だけが残った。
「あの川はどこに続いてるんだろう?」
「さあ……。エーベ川の支流のひとつだとは思いますが……」
そんな事を話しながら洞窟のカーブを曲がると、小さな空間が僕達の目の前に広がった。
そこは袋小路となっており、天井の亀裂からは、今まで歩いてきた中で1番夜空が見えた。天井の穴のちょうど真下には、暗い陰ができており、何かが積み上がっているように見える。
アルベルトが岩壁の裂け目を見上げながら呟いた。
「これは……人が通るだけの広さはありますが、さすがに登るには道具が必要ですよ」
上まで続く垂直の断崖。ライラとヨシュアはこちらの道にはいなかった。
「行き止まりか。この上は……良くは見えないが木々のざわめきが聞こえるから……森の中かもしれないな。とにかく、戻るぞ」
ギルがそう言ったかと思うと、間もなく遠くで狼の遠吠えが聞こえる。
「キャッ」
狼の声に驚いたエレンが小さく悲鳴をあげる。
「大丈夫だよ、エレン。狼はこんな所には来ないから」
そうは言いつつも僕はエレンを片手で僕の方に引き寄せた。
「こっちが行き止まりなら、ライラ達はさっきのもう一方の道に行ったんだね。それにしても、上から落ちてきたっぽい土砂が結構堆積してるよね」
「上が森だし、枯れ木やらなんやら、色々落ちてくるんでしょう。ほら」
僕の言葉に、アルベルトが松明の明かりを堆積物に近づけてよく見えるようにしてくれた。
すると――――土砂に混じった人間の頭蓋骨が赤々と照らし出された。
そこには、雨風に晒され、所々破けた傷んだ衣服に身を包み、肉は腐り落ち白骨になった遺体が関節を無視した異常な折れ曲がり方でひしゃげていた。
「キャ――――――ッ!!!」
骸骨を見た途端、大声で悲鳴を上げ、倒れるエレン。
僕は両腕でエレンを咄嗟に受け止めた。




