144.洞窟を進む(ライラ視点)
ヘクターが加わり3人になった私たちは、洞窟のその先へと進んでいく。
一時は天井に空が垣間見えていたが、今は天井は岩に覆われ、道も狭い。松明の明かりが頼りになる。
「……という訳でさ、使用人が僕の金と宝石を盗んで逃げちゃった訳。そんなの困るし、絶対渡したくない宝飾品もあったから、必死で追いかけたよね。奴は一目散に街中を走り抜けてったが、僕だって足には自信があってね……」
どうやらヘクターは相当なおしゃべりらしい。
一緒になってからというもの、ヘクターはひっきりなしに喋っている。
最初は淋しい洞窟に陽気なヘクターの声が響くのを楽しいと思っていたのだけど、こうもずっと続くと聞くだけとはいっても疲れてくる。
今も、盗っ人の使用人がどう逃げたか、城門のその先でどう追いかけたか、追い詰めた後に揉み合った際のやり取りまで、微に入り細に入るまで語っている。
しかも話が脱線するのだ。
「その使用人は、料理の腕はまあまあだった、特に鶏を絞めるのが得意で……」といった具合で。
「鶏肉のハーブ詰めは分かったけど、それで盗まれた物は結局どうなったのよ?」
「良くぞ聞いてくれた!取り戻したよ!ほら、このルビーの指輪、綺麗だろう?奴に掴みかかって皮袋の金貨ごと取り戻したのさ……。奴も必死で僕に殴りかかってきたけどね、僕だって1歩も引く訳にはいかない。なにせ、この指輪は美しいデルタへの結婚指輪だからね」
ヘクターが上着の懐から指輪を取り出して見せてくれた。松明の明かりを受けてキラキラと輝くルビー。
「随分大きな石ね。ヘクター、あなたってまさかお金持ち?!」
「デルタへの僕の愛を表現するには、このくらい大きくて真っ赤な石じゃないとね。お金の問題じゃないよ~」
ヘクターはへらっと笑っているが、愛ではルビーは買えない。ルビーの指輪を買うには愛よりも金が必要だ。どっかの金持ちのボンボンなのだろう。
「あ~あ、明日の結婚式に間に合うかな。早くこんな所からはオサラバしたいんだけど」
「結婚式、明日?それ大丈夫?」
「ここから無事に出れたら、これも何かの縁だし、君たちも来てよ。結婚式の準備、超大変だったんだよ。まず、僕とデルタはテーマカラーを決めることから始めたんだけど……」
それからヘクターの、長い長い結婚式準備物語が始まった。
ヘクターの言葉を右から左へ流し聞きしていると、それまで黙ったまま黙々と歩いていたヨシュアがぽつり、とこぼした。
「ねえ……何か聞こえない?」
「え?」
ヘクターも言葉を切って耳をそばだてる。
確かに、甲高い音が、途切れ途切れ聞こえてきた。
考えたくないけれど、アレによく似ている。
「……女の人の泣き声にそっくりだね!」
ヘクターは先程、使用人の料理の腕を話していた時と同じ陽気な調子で私が口に出したくなかった言葉を言った。
「やっぱり、そう思います?」
「やめて、言葉に出すと余計怖いわ」
声は洞窟の行く手の方から聞こえてくる。
ヨシュアは私の後ろに隠れ、私はヘクターを盾にした。
「えっ?僕が先頭!?やだなあ」
「あなた、そんなに怖そうにしてなかったでしょ。ほら、ここを出たら結婚式よ、ヘクター!」
「デルタ、君のために僕は進む。見守っていてくれたまえ」
「神は僕達を見守っていてくれますよ、きっと」
神の名を出したヨシュアは最後尾。
ヨシュアの信仰心って一体どうなってるんだろう。
3人で怖々と進むにつれ、女の泣き声は大きくなっていく。
そのうち、ひんやりとした風が頬を撫でる。
どうやら、洞窟の先から風が少し吹き込んでいるようだ。
「風の流れがあるわね。……あら?」
「どうしたのさ?」
私はある事に気がついた。風が吹くタイミングと、女性の泣き声が聞こえるタイミングが同じなのだ。
「もしかして……」
そのまま進んでいくと、洞窟は行き止まり、ちょっとした空間に私達は行き着いていた。
もちろん、泣いている女性の姿はどこにもない。
目の前には石造りの階段があり、階段の続いた先の天井には僅かな割れ目があってそこから風が吹き込む。
風が入る度に、先程女性の泣き声だと思った音が洞窟内にこだまする。
「なんだ、風の音だったのか」
「良かった……」
「ねえ、この階段の上から外に出られないかしら?」
私は、松明を近くの壁際に固定すると階段を上り、天井の石に手をかける。全力で押したら少し感触があった。
「皆でやれば動きそう!2人共手伝って!」
「やった!出られる!」
ヘクターとヨシュアの顔に希望が輝く。
3人で押し上げた石はキレイな長方形で洞窟の天井を切り取り、その先に月と星の瞬く夜空が広がった。
洞窟を出た先には墓地が広がっていた。
私たちは地下の洞窟から薄気味悪い墓地に這い出したのだった。




