141.捜索開始
僕は窓からの光を浴びながら生徒会室でのんびりと書類を読んでいた。
日が傾くまでにはまだ時間がある昼下がりの午後。
気持ちの良い陽気に書類の内容も相まって思わずあくびが出そうだ。
そんな平和な空気とは一線を画す慌てた様子でアルベルトは生徒会室に入ってくると、僕に話しかけた。
「ウィリアム様、ライラがどこにもいないのですが、見かけてませんか?」
アルベルトの顔には若干の憂慮が浮かんでいる。
「ライラ?僕にも心当たりはないけど」
そういえば、ライラのやつ、昼頃にヨシュアイベントを起こすと張り切ってたな。
アルベルトに言ってよいものだろうか。
逡巡している僕に、アルベルトは早足で僕の元まで来ると、早口で告げる。
「午後の講義が終わった後に会う約束をしていたのですが、どこにもいないのです。あんなんでも約束は守る女なんです。ちょっと周りに聞いてみたら、午後に講義を受けている形跡もない。ライラは昼にヨシュアのイベントを起こしているはずです。そこで何かあったって事はないでしょうか?」
「ヨシュアのイベントで?」
アルベルト、どんだけライラの予定を把握してるんだ……と呆れつつも、確かにその状況だと僕も少し心配になる。
ヨシュアの地下聖堂イベント。前世で『ときプリ』をプレイしていた時は、地下に十字架を発見し一緒に眺めるだけでかなり好感度が上がるというコストパフォーマンス抜群の美味しいイベントだった。
「十字架眺めるだけの何とは言わない取るに足りないイベントだけど。曲がりなりにも恋愛イベントだから、攻略キャラのアルベルトや僕には一時的に会えなくなっているとか?」
『ときプリ』や、他の恋愛ゲームでも、体力パラメーターがゼロになると行動ができなくなる。それの1種ということもあるかもしれない。
「本当にそれだけのイベントなんですか?」
アルベルトが疑いの目を僕に向ける。
「ゲーム上はそうだった。だけど……」
まさか、ゲーム上では描くことのできない、あんな事やこんな事が実は裏で起こっていて好感度が上がってたとか?
ライラがヨシュアに押し倒される……?
想像できない。
流石に好感度が足りなさすぎるだろう。
でも、その辺、心と体は別だという男はいるか。いや、乙女ゲームの攻略キャラに限ってそんな事はないと思うが……。
「……確かにちょっと僕も心配になってきた。見に行ってみる?」
「!助かります。場所がどこだかよく分からなくて」
そうして、立ち上がる僕に、生徒会室のドアを急ぎ開けるアルベルト。
そのまま勢いよく飛び出そうとしたアルベルトは、ちょうどドアの外にいた人物にぶつかりそうになった。
「っ!ギルバート様!申し訳ございません」
1歩引いて深々と頭を下げるアルベルト。
「別に構わない。それよりも何かあったのか?」
「ちょっとライラがどこにいるか探しに行くところだったんだ。たぶんその辺にいるんだろうけど、見当たらなくて」
ギルは、ギルの質問に代わりに答えた僕からアルベルトに視線を移すと言った。
「私も行っていいか?」
疑問形ながらも有無を言わさない声音で王子に発言されれば、大抵の人間は断れない。
アルベルトが再度頭を下げるのを見たギルは、他の生徒会メンバーに、王宮に帰りが遅くなる旨を連絡するよう言付している。
「ギル!そんな大袈裟な事にはならないと思うよ。たぶんその辺にいるって」
「兎に角、ウィリアム様の心当たりの場所に急ぎましょう。早い方がいい」
「ウィル、それはどこだ?行こう」
急ぐアルベルトに、真剣な表情のギル。
2人を宥めながら、僕が答える。
「ギルもアルベルトも落ち着いて。場所は礼拝堂だけど……」
礼拝堂と聞くやいなや駆け出す2人。
「……って!ちょっと、待ってよ」
慌てて2人を追いかけながら、僕は前世のゲームの情報を思い出す。
ヨシュアの地下聖堂イベント、ボリュームの割に扱いが重要イベントっぽかったんだよな。
攻略キャラの僕達が、他の攻略キャラの恋愛イベント発生直後に主人公に会うことってできるのかな。
「でも、ライラが無事に家についたとかを人づてでも確認できればいっか」
ライラに会えなかった時に2人(特に『時プリ』の存在を知らないギル)を納得させる方が大変かもしれない……なんて考えながら僕は礼拝堂に向かった。




