138.噂話
どの世界にも七不思議や都市伝説が存在するように、アスティアーナ国の王都でも同様な噂がある。
旧教会に夜になると女の亡霊が出るというのだ。
旧教会は王都の外れにあり、王都の中にある教会としては最古のものになる。
王都内の法王領にあるこの古い教会は、王都の中心地にある主教会のように豪華絢爛ではなかったが、装飾の少なさがかえって建物の美しさと清廉さを際立たせていた。
古代のとうに忘れ去られた部族の崇めた神々のための祭壇跡地をそのまま教会に転用した旧教会は、夜になれば周辺に残る雑木林や墓地のために人足は寄りつかず、仕方なく通りかかる者も足早に立ち去るのが常であった。
元々、「何か出そう」という雰囲気満点な場所であり、怪しい噂は数あれど、その中の一つ、この教会で「女の亡霊」が出るとされたのは、きっと昔に起こったある事件のせいだろう。
それは、新入生歓迎パーティーが終わり、しばらく経った頃のことだ。
「ウィル、教会に出る幽霊の噂って知ってる?」
ライラが僕に話しかけてくる。
「知ってるよ。でも、誰も本当に見た訳じゃないんだろう?教会の墓地っていうロケーションと、昔起きた花婿失踪事件が結びついて尾ひれがついただけだ」
「花婿失踪事件?」
「そっちの方は知らないの?昔から有名なのに。ほら、貴族の青年が裕福な商人の娘と結婚することになったけど、式の当日に花婿は中々現れず、花嫁は絶望のままショック死。その結婚式場が旧教会だったんだ」
「ふうん、私、王都には引っ越してきたから知らなかった。なるほど……。だから旧教会で女性の幽霊が出るわけね」
「式の当日に裏切られるだなんて、花嫁が可哀想だ」
「そうね……。でもそこは、『女性を待たせるだなんて信じられない奴だよ』じゃない?」
「そうそう、それ。……って、この会話、前にもどこかで聞いた事があるな」
しばしの逡巡の後に僕は思い出した。
そうだ、これは前世でゲームをしている時にウィリアムとライラがなぞったセリフだ。
主人公に、攻略キャラのウィリアムが言うのだけど、攻略キャラのウィリアムって誰でもない僕の事である。
「……。『女性を待たせるだなんて信じられない奴だよ』は、ゲーム中の僕のセリフか……。何だかすごい違和感が……」
僕の呟きに、ライラは大きく頷くと言った。
「さらにその後に『僕だったらライラみたいに可愛い女性のことは絶対に待たせずに迎えに行くよ』ってセリフが続いたわ」
「うっわっ!それ、絶対無理なんだけど!!」
「失礼ね!でも私も違和感しかなくて吐きそう!!……外側だけはウィリアム様だけど、中身はもはや別物よね~」
「別物か~……」
高等部の入学式に前世を思い出した事が僕の性格形成に影響したのだろうか?
きっと、思い出さなければあのまま2枚目色男路線を進んでいたような気がしなくもない。
「1番大きな違いはギルバート様を狂おしいほど溺愛してない点ね」
ため息混じりに深刻な趣きでライラの口からでた発言に驚愕した僕は、思わず叫んでしまった。
「公式でもそんな事してないし!!」
僕の叫びはライラに届かなかったようで、ライラはすぐに気を取り直すと僕に構わず勝手な事を言い始めた。
「まあ、愛は少しずつ育むものよね。この間は眼福だった……!2人がダンスしている姿をナマで見られるなんて」
この間とは、新入生歓迎パーティーのことか。
ライラが段々脳内妄想にトリップし始めている。
「あれは……。無理矢理踊らされたんだろ。ライラだけじゃなくて、まさかエレンも見たいとか言い出すんだものなあ」
「そうそう!!エレノア様!BLに目覚め始めてるのかしら?」
「エレンに限って!そんなことないはず!もうこの話はやめよう。元々何の話してたっけ?」
「女の亡霊の噂話よ。もう済んだ。だから、ダンスを踊った時の心境とか聞きたいのだけど」
「そうそう、女の亡霊の話……。――――待てよ、ライラがこの話を持ち出したって事は……」
旧教会の女幽霊。前世のゲームでなぞったセリフ。
これはまさか……。
「えへへ、そうです♡ヨシュアのイベント発生です」
「性懲りもなく!」
「もう他に打つ手なしだもの。ちなみにウィルの話でイベント発生条件は全て揃ったわ。邪魔をしても無駄よ!!」
イベント発生条件を満たしたのが嬉しかったようで、ライラは得意げに鼻をあげると上機嫌で僕に言った。
イベント発生条件……。
いくつかのパラメーターの他、ディーノにお兄さんの話を聞き、ギルと僕に幽霊の噂を聞くと発生するヨシュアのイベントがあったっけ。
「地下聖堂イベント……」
「そうよ!」
「礼拝堂の地下に十字架があるのを発見して一緒に眺めるだけの謎イベントなんだよな。それで何故か親密度が上がるっていう」
「信仰心が厚いヨシュアならではなんじゃないの。神の前で好きな人と並んで頭を垂れるのに心躍るタイプって、前世の日本じゃあまり見ないタイプだったけど、この世界では割といるのかもね」
「うーん……」
ライラ側の選択肢としては、謎の扉を発見した際に出現する「行く/行かない」の2択のみ、十字架を眺めるだけで、ヨシュアから口説かれるようなことも特にない。
まあ、あれくらいなら、いっか……。
それが、地下聖堂イベント発生に対する僕の感想だった。




