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137.新入生歓迎パーティー(ウィルの場合)

ギルと新入生のダンスが終わった。

煌びやかなホールが目の前に広がっている。

人々のざわめきの中、僕とエレンはそこから取り残されたかのように静かだった。


「僕達も行こうか?」

ホールの灯りが揺らめく中、僕はエレンに手を差し伸べた。


今日のエレンは青色のイブニングドレスを着ている。

今まであまり意識していなかったけど、露わになった首から肩、腕に続いている体のラインの美しさに目を見張ってしまう。

エレンは青色が好きなようで、今まで度々青色のドレスを着ているのを見てきたけれど、今日のドレスは銀糸の刺繍が施されていることもあって、偶然にせよ、僕の髪と瞳の色と同じだと思うと心がくすぐられる。


「……ウィル、何?じっと見て」

僕の差し出した手に可憐な手のひらを重ねながらエレンが不思議そうに問う。

見とれてた、なんて言う訳にはいかないので、思った事と反対の事を言ってみる。


「馬子にも衣装だな、と」

瞬間、エレンに右足を踏まれた。


「……ッ!痛っ!」

「ウィルのバカ!」

「似合ってるって事なのに」

「そっちも今更!この間の平和の祭典の舞踏会でも着てたのよ、これ」


エレンはそっぽを向くけど、僕の手は振りほどかずにそのままホールの真ん中に向けて進んでいく。


それにしても、エレンにわざと足を踏まれるのは僕くらいだろう。ギルが踏まれてるの見た事ないし、エンデンブルクのカイン様なんてエレンが踏むはずない。そういう意味ではこの関係も特別といえば特別だ。



「……ウィル。何?またじっと見てる」

「エレンにわざと足を踏まれるのなんて世界中で僕くらいかなと思って」


今度は素直に思った事を言ったら、エレンはちょっとバツが悪そうに頬を赤く染めた。

その様子が可愛いかったので思わず笑うと、今度は軽く胸をどつかれた。


いや……まったく痛くはないのだけれど、なんだろう。こんな風にエレンにどつかれるのも僕位なんじゃないのかな。


「そろそろ踊ろう?」

「そうね」


周りで踊り始めていないのは僕達くらいだと気づいて2人で苦笑して。

既に流れ始めていた曲に合わせて僕達は踊り始めた。

昨年踊った時とはまた違った感慨をもって。


エレンを見ると、エレンがはにかんで笑う。僕も自然とエレンに微笑み返して、そのまま2人で笑いながら踊った。


こんな美しい気持ちになるなんて。

それだけで、僕はエレンが好きだと気づけて良かった。


これから先、どのくらいの人生を過ごすか分からないけれど、今この瞬間の事はずっと忘れずに思い出し続けるんだろう。

それに相応しく、エレンと踊るダンスは素晴らしい時間だった。


曲が終わる。

終わってしまうと、さっきまでの出来事が一瞬のように短く感じられる。

これだけだなんて物足りない。

僕とエレンは、どちらからともなく自然に次の曲も一緒に踊った。

そうすることが当然とでもいうように。

きっと、曲がやんで奏者たちが小休憩に入らなかったら、次の曲まで一緒に踊っていたかもしれない。


2曲踊った所で会場は一旦音楽がやみ、奏者達が次の曲の準備をしている間に、生徒たちは歓談をしたり、別のパートナーを探したりし始めた。


「エレン、僕と踊ってくれてありがと」

「こちらこそ」


僕はエレンに礼をすると、エレンの手をとって歩き出す。


「踊ったら喉が渇いたわ」

「ブッフェテーブルの端にいくつか飲み物が用意されていたからそこまで送るよ」

「ウィルは?」


名残惜しいけれど、ここら辺が引き際なんだろう。これ以上は、気持ちを抑えこむ自信がない。エレンを口説きたくなる前に解放してやるべきだろう。


「僕はいい」


一瞬、エレンの足取りが鈍くなり、エレンに左腕を取られていたこともあって、僕は少しバランスを崩してしまった。


「ウィル、大丈夫?!」


心配したエレンが、僕の左腕に絡めた右手に強く力をこめるので、2人の体が密着する。

バランスを崩したまま反射的にエレンの方を向くと、エレンの左の手のひらが僕の胸板に当たった。


「あ……」


僕に不意に触れてしまったせいで、エレンの体が強ばる。

滑らかでダンスで火照った肌。さっき以上に近いエレンとの距離に、右手から伝わってくるエレンの熱。

そのまま固まって動かないエレン。

バランスを失ったまま、着地点を求めてさまよう僕の右手。


このまま勢いで抱き締められそうだった。


「……ウィル、あの……」

「……ごめん。バランス崩した」


僕はなんとか理性を総動員し、エレンから1歩引くことで、エレンとの距離をあけた。


「いえ、私こそごめんなさい。今のは……」

「いや、エレンが謝ることじゃないでしょ」


すまなそうな顔で僕の顔を覗き込もうとするエレンから視線を逸らす。

少し目が潤んでるのか、灯りを受けて煌めくエレンの瞳は、僕の理性にとっては毒だ。


飲み物のある場所まで何とかエレンをエスコートして、そこで別れる。

エレンに心配そうな顔をさせたままだったのは気がかりだったけど、これ以上エレンと一緒にいたらどうにかなってしまう。



***



「あ~……疲れた………」

バルコニーに出た僕は、1人、柵に手を付き盛大にため息をついた。


さっきの一瞬で物凄く消耗した……。

人って自分の心に反する行動を取るとこんなにエネルギーを消耗するのか。

ある意味、意志の勝利だ。本能に勝った!


「僕も人並みに人間で、猿とは違うことが証明されたと思おう……」

疲れきったまま、ポジティブに考える。


昔だったら何も考えずにあのまま抱きとめてたんだろう。その方が自然だったし、笑いながら「ごめん」と言えばそれで済む話だった。

でもそれをしなかったのは、僕なりのケジメ(今更といえば今更だけど)と、抱きしめた後に気持ちを抑え込む自信がなかったからだ。


「僕は大人になっている……」


バルコニーの柵に深く沈みながら僕は再び長いため息をついた。


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