135.新入生歓迎パーティー(ライラの場合)
ギルバートと新入生のダンスに引き続き、一般の生徒たちのダンスが始まった。
ライラは渋々自分と踊りながらもしきりと視線を周囲に向けて何かを探している様子のヨシュアに声をかけた。
「ヨシュア、エレノア様が気になるの?あそこにいるわよ」
「……別に。それに、僕だってダンス中くらい、他の女性の話をするなんて無粋なことはしないよ」
そうは言いつつも、ライラの指さす方角に素直に顔を向けるヨシュア。
その様子を見て、やっぱり、とは思わずにはいられないライラだった。
「まあ、絵になる2人ではあるわよね。ウィルにはもっと背が高い人の方が良いと思うけど」
「はあ?」
「あと、もう少し髪が短くて、落ち着きがあって……スカートよりもパンツスタイルが似合う人」
「お前、何言ってるの?」
段々ヨシュアの眉間の縦ジワが深くなっていくが、ライラは一向に自分の話をやめる気配がない。
「エレノア様の髪型がショートカットだったら、もっとこう、想像してたものに迫るというか……」
ブツブツと独り言のように呟き、自分の世界に入り始めたライラに苛立ちを覚えながら、ヨシュアがライラの話に異を唱える。
「正直ウィリアム様の理想の相手になんて興味無い。お前、いつもそんな事考えてるの?」
「別にいいじゃない。……そう言われれば、エレノア様の身長って、ヨシュアとだいたい同じくらいかしら?ヨシュアが相手にされないの、身長のせいもあるかもね」
「……何言ってる?」
突然、いたずらっぽい笑顔でライラがヨシュアに話題をふったことに、ヨシュアは少し動揺したのかもしれない。少し間を置いて出た言葉は、お世辞にもうまい切り返しとは言えなかった。
それに対して、ライラは間髪入れずにさらりとヨシュアに追い打ちをかける。
「好きなんでしょ、エレノア様のこと」
今度はかなりの時間、ヨシュアは沈黙した。
沈黙は、ライラの指摘が正しい事を肯定している。
「……何でそう思った?」
「さあ?」
ライラからすれば、恋愛シミュレーションゲーム『ときプリ』で見たヨシュアの告白のセリフの一部をエレノア様に言っているのを見たからとは言えるはずもない。ライラが思わせぶりに誤魔化すと、ヨシュアの方から推測を口にしてくる。
「ウィリアム様にでも聞いた?1回、牽制したことがあったから」
牽制?
ウィルとヨシュアの間に何があったんだろう?
少し驚いたライラだったが、それを悟られたくなかったので努めて冷静にヨシュアに答える。
「へえ、ウィルも知ってるってことなのね。肝心の好きな人には恋愛対象として認識されてないのに」
「異性として意識されたら近づけなくなるだろ。それに、僕はエレノア様をどうこうするつもりはないし。純粋にキレイな気持ちで想うだけ」
キレイな気持ちねえ……と思わないでもなかったが、ライラも流石に口には出さなかった。
それにしても……とヨシュアが言葉を続ける。
「ライラがまさか僕の思いに気づいてたとはね。……そーゆーの鈍いと思ってたのに。少し見る目が変わった」
ヨシュアはどうやら素直にそう思ったらしく、そう言ったヨシュアの態度にはどこか殊勝な様子が感じられた。
今まで口を開けば憎たらしいことしか言わなかったヨシュアが、と思うとライラの心は思わず踊った。
これはもしかしたら好感度が上がってきてるのかもしれない!
エレノア様の社交クラブに、新入生歓迎パーティーのダンスのコンボが流石のヨシュアにも効いたかもしれない。
エレノア様、ありがとう!
この流れに乗らない手はない!
ヨシュアの様子に、心の中でガッツポーズをしつつ、顔には乙女ゲームのヒロインスマイルを湛えたライラ。
「言ったでしょ。私はあなたに興味があるって」
そう言いながら、ライラはヨシュアの腹を探るかのようにじっとその瞳を覗き込んだ。
ヨシュアも、そのままライラの微笑みを暫く見つめていたが、ライラに触れている手に力を込めると、そのまま自分の方に引き寄せた。
「!?ちょ、何よ」
急な出来事に驚きつつも、動作の流れから本能的に、やばい、抱きしめられるーーと思ったライラは、体を反射的に仰け反らせる。
ライラの抵抗を感じ取ったヨシュアは、すぐさま素直にライラを解放した。
思わずほっとするライラに、ヨシュアが言う。
「でも、僕に興味があっても、別に僕に恋してる訳じゃない」
気がつけば、ライラはヨシュアによってホールの壁際に追い詰められていた。すぐ目の前にヨシュアの顔が迫っている。
息遣いまで聞こえてきそうな距離だった。
確かに好感度はあげたかったけれど、急にこんな展開は予想外だ。
ちょっと、何この状況?!ええと、今って、ヨシュアを攻略プレイ中だから、主人公の受け答えは……って、違うわ!!今は「ときプリ」をプレイしてる訳じゃなくて、生まれ変わって……で、もちろんまったく恋してないし、散々に扱われた奴に恋してるなんて嘘でも言いたくない!でも全否定する訳にはいかないわ、好感度あげたいんだし……。
混乱のまま思考が拡散し、前世でおやつを食べながらゲームをプレイしていた記憶と現在の状況がごっちゃになってしまったライラ。
「そ、ソンナコトアリマセン」
悲しいかな、ライラからやっと出たまるで棒読みのセリフに信ぴょう性は皆無だった。その視線はヨシュアではなくあらぬ方向をさ迷っている。
「何が目的で僕に近づいてる?」
ライラの返事に構わずますます距離を縮めてくるヨシュア。
ああ、ついに壁ドンされてしまうわーーーそう、ライラが覚悟を決めた時だった。
「その辺で俺の姫を解放してもらえませんか?」
ヨシュアの肩を叩いて2人の邪魔をしたのはアルベルトだ。
「アルベルト……」
「まだ用事が済んでないんだけど?」
あからさまにほっとして気が抜けた様子のライラと、鬱陶し気にアルベルトに答えるヨシュア。
ヨシュアがライラから離れる様子がないのを見てとったアルベルトは、ヨシュアの肩にかけた手に力を込め、ヨシュアを思い切り睨みつける。少しの間、睨み合いは続いたが、ついにヨシュアの方が折れた。
「あーあ、馬鹿らしい。僕は行くよ」
遠ざかっていくヨシュアを見送りながらアルベルトは息を吐いたた。
***
「作戦妨害だわ。折角上手くいきかけてたのに」
喉元過ぎれば暑さを忘れる。助けて貰った時は安堵してたくせに、人間とは現金な生き物である。
ライラがアルベルトを咎めるような口ぶりでアルベルトを見上げた。
「どこがだよ!?ボロが出てたぞ。あれ以上引っ張ったってロクなことにならなかった」
「そんな事ないと思うけど。それに、姫だなんて言わないでよ。そもそも姫じゃないし」
「俺にとっては姫なんだからいいだろ」
「確かにゲームタイトルは『ときめきプリンセス』だったけど、そこら辺まで設定に忠実じゃなくてよいってば。ヨシュアに誤解されてもややこしいし」
「………」
アルベルトにしてみれば、むしろ誤解されたくて発言した訳だし、ゲームの設定うんぬんこそ関係ないのだが、ライラのこのあらゆる意味での響かなさには少しばかり落胆したくなってくる。
「とにかくヨシュアの好感度をあげて懐柔しなくちゃならないんだから、アルベルトは邪魔しないでよ」
「あのなあ、どーみたってあの有様じゃ、作戦自体に無理がある。ライラには出来ない」
「そんなのわかんないじゃない」
ぷう、とふくれるライラ。
「いーや、今見て確信した。向こうが上手。逆に翻弄されてた」
「確かに相手は手強かった……。でも、手応えを感じたわ!見直したって言われたし!ちょっと急な展開すぎて動揺しちゃったけど、次はもっと上手くやるわ!ああ、頑張ったらお腹が空いた。ちょっと食べ物の所へ行こうっと」
「おいおい、あれで手応えを感じたって?」
「いいからいいから!アルベルトもあんまり食べてないんじゃない?一緒に行こう!」
「ちょ……俺は仕事中でだな……」
意気揚々とブッフェテーブルに向かうライラに、溜息が止まらないまま引きずられていくアルベルトだった。




