133.社交クラブ潜入2
社交クラブの活動中は、思ったほどヨシュアとエレンの接触はなかった。
なんだ、これなら心配して来ることはなかったかもしれない。
よく考えたら、他にも大勢の人がいる中でヨシュアにエレンをどうこうできるわけもなさそうだ。
クラブ活動が終わり、クラブのメンバー達がお茶とスイーツを共に楽しくお喋りを始める。どうやら活動後に雑談雑談をするのが恒例になっているらしかった。
優雅な一時は、ほとんど休憩なしで仕事をする生徒会メンバーの過ごす時間とは対照的だと思った。
ヨシュアも何の違和感もなくその場に溶け込んでいる。
「そういえば……先程話に出ていた新入生歓迎パーティーって、当日はどんな事をするのですか?」
ヨシュアが訊ねる。
「そうね……学長挨拶、理事長挨拶、生徒会長挨拶……色々あるけれど、メインはやっぱりダンスですわ!」
アリアナがヨシュアに答えた。
「そうです!女生徒はドレスで着飾りますし、ホールは華やかですし……。きっと驚きますわ」
ミーシェもヨシュアに答える。
「ダンス……?」
いまいちイメージが掴めていない様子のヨシュアにマリアが続けて解説する。
「舞踏会のイメージに近いですよ。男女のペアで、踊るのはワルツですから」
「男女……。では、踊りのパートナーを決めておかなくちゃいけない、と」
少し不安そうな顔をしたヨシュアにマリアが続けて説明する。
「その場のノリで色んな人と踊る雰囲気なので、1人で行くのでも大丈夫ですわ。事前に約束する人もいますけど、大抵1〜2曲踊ったらばらけますし」
「エレノア様はいかがですか?いくらフランクな雰囲気といっても、王女様も同じではないですよね?」
ヨシュアがふいにエレンに話を振った。
途端に僕の中に緊張が走る。
ヨシュアのやつ、エレンにパートナーを申し込む気か?!エレンに先に約束を取り付けておいて本当に良かった。
エレンはヨシュアに少し丁寧すぎるのではと思うぐらいに答えた。
「いいえ、王女も同じなの。学園の生徒という事では他の方々と何ら立場は変わらないもの。ただ、たまたま今年は相手がいるけれど」
途端に、アリアナ、ミーシェ、マリアの3人が騒ぎ出した。
「それってやっぱりウィリアム様?!」
「もうこの時期に申し込み?!それってやっぱり独占欲?!」
「エレノア様、そういう事は早く教えてください!後で詳しく聞かせて欲しいです!」
なんて事だ、次々に己の萌えを口走っている。
独占欲だなんて、萌えは時として隠された真実を暴き出してしまうのかもしれない。
冷静を努めて、どう切り返すか思案していると、僕より先にエレンが否定した。
「確かに約束したのはウィルだけれど、そういうのじゃないわ。ウィルも目の前に居るのだし、やめましょう」
エレンの言葉に3人は大人しくなるが、目は輝いていた。ヨシュアは軽く僕を睨んでいたかもしれない。
「ヨシュアは誰か踊りたい人はいないの?」
ふいにライラが発言した。ヨシュアにこのタイミングでこの質問。ヨシュアとしてはエレンと踊りたかっただろうが、この場では流石に言えるはずもない。沈黙するヨシュアにライラが再び話しだした。
「高等部から入学してきた生徒は、事前にパートナーを決めておいた方がいいわよ。中等部あがりの子達に比べて馴染んでないわけだし、下手したらずっと壁の花になるわ」
「……」
沈黙を続けるヨシュアに、ライラが一呼吸おいた後に右手をすっと天井に向けて挙手をする。
そうして口を開きかけたところで……
「私なら空いてます。良かったら一緒に踊りましょうか」ヨシュアに向かってアリアナが言った。
「良かったわね、ヨシュア!」
ミーシェとマリアが手を叩く。続いて他の生徒達にもその輪は広がっていく。
ライラは挙げていた右手を仕方なく引っ込めた。
ライラは、親密度目的でヨシュアと踊ろうとしていたのだろう。今まさに、社交クラブのメンバーの前でヨシュアの退路を断ってダンスの約束を取り付けようとしていた所だったが、動作を大仰にし、勿体付け過ぎて失敗したのだ。
アリアナはライラが挙手したのに気づいていなかったのだろう。
ヨシュアは気づいたみたいで、ライラの顔を見て少し吹き出していたけれど、それを言い出す気配はなかった。
「アリアナさん、ありがとうございます」
にっこり微笑むヨシュアの笑顔は神々しさすら感じられ、社交クラブのメンバー達からうっとりとした溜息が漏れた。
***
女の子達のおしゃべりも終わり、いよいよ今日の社交クラブはお開きとなる。メンバー達が帰る中、僕はライラに声をかけた。
「ライラ、残念だったね」
「ウィル」
「折角マナーの練習もしてるのに、肝心のヨシュアと約束出来なかったなんてね。でも、もういいんじゃない?ギャフンと言わせるとかやめてさ、ヨシュアも忘れてライラも新入生歓迎パーティーを楽しもうよ」
ギルだってライラと踊りたいだろう。ヨシュア云々じゃなくて、そっちの方にこそ目を向けて貰いたい。
「右手を降ろす時の居たたまれなさったら無かったわ。ヨシュア、絶対気づいてたし。……でも、私の仮説が正しいなら……」
「……え?」
「ヨシュアは逃げられないと思う」
そう言ったライラは、恐ろしい程落ち着いていて、そのまま何かを考え込んでいるようだった。




