132.社交クラブ潜入
エレンとダンスの約束をした後、僕は足早に廊下を歩いていた。
誰もいない廊下に、先程の事を思い出した僕の独り言がもれる。
「あ〜ビックリした……」
エレンにダンスを申し込んだけど、まさかあんなに悩まれるなんて思ってなかった。
「ウィルから言い出すなんて意外だわ」だなんて、エレンはどうしてそう思ったんだろう。いつも僕の方から誘っているから、そんなに不自然な事はなかったはずなのに。やっぱり、ヨシュアとのゴタゴタがあったせいだろうか。エレンの予想外の返答に、内心焦ってしまって変なことを言ってしまった。
でも、兎にも角にもこれでエレンと約束ができた。
顔が綻ぶのを隠しつつ、僕は1人、今度は軽い足取りで廊下を歩く。
すると、向こう側からヨシュアが……。
「こんにちは、ヨシュア」
僕はヨシュアに挨拶をした。
「……こんにちは」
ヨシュアが面倒くさそうに立ち止まって挨拶をしてくる。さっさと立ち去りたそうなヨシュアに僕は続けて声をかけた。
「この間は、エレンとの話を邪魔して申し訳なかった。今でも僕はあの話は王女に聞かせるべきじゃない話だったとは思うけど、だからと言ってあんなに強引なやり方はするべきじゃなかった」
あの時の僕の態度は、ヨシュアにとっても失礼なものだったことを謝罪した僕に、ヨシュアがにこやかに答える。
「もういいですよ。今日は機嫌がよさそうですね?口元がマヌケに緩んでる。この間といい、感情のコントロールが効かない先輩に振り回されるのは勘弁してください」
セリフと顔が合っていない……!
生意気で腹が立つけど、ヨシュアの言っていることは全て事実。腹が痛いが、ぐっと我慢だ。
「悪かったよ」
「別に気にしてません。他に用がないなら、僕はこれで」
僕のことなどまるで眼中になく、足早に立ち去ろうとするヨシュアに、何となく嫌な予感がした。
「急いでどこにいくつもり……まさか、エレンの社交クラブ?」
「……」
答えないヨシュアだったけど、きっと図星だ。
まさか、社交クラブでもエレンに変な事を吹き込んでないだろうな?
遠ざかっていくヨシュアの背中を見ながら途端に心配になる。
社交クラブの様子が気になるけど……でも、まさか僕が行く訳には行かないし……。
どうする?どうしよう……。
なんだか気になってしょうがない。
暫く考えを巡らせた僕は、とある妙案を思いついたのだった。
***
「ウィル?なんで?」
ライラの口があんぐりと開いている。
場所はエレンの社交クラブが開かれている教室だ。
「ライラの様子を見に来た。マナーの練習は捗ってるかと思ってね」
エレンのクラブに突然現れた僕に、クラブのメンバーたちがザワつく。ヨシュアは僕の顔を見て苦虫をかみ潰したような表情をしたけど、一瞬でいつもの柔和な顔に戻っていった。
「すみません、社交クラブは女生徒オンリーなのですが……」
おずおずとメンバーの1人が僕に進言する。
「でも、ヨシュアも男だよね?」
僕はにっこりと微笑みながら反論した。
その瞬間、メンバーに衝撃が走る。
「……!その通りだわ……!」
「あまりの可愛さに忘れていたわ……!」
「いいえ、ヨシュアは天使だもの。性別を超えた存在よ……!」
動揺を隠しえないメンバー達。
なんて事だ。どうしてヨシュアが社交クラブに出入り出来るのか不思議だったけれど、男として認識されてなかったからだったとは。
「それに、僕は社交クラブに参加しに来た訳じゃない。ライラの出来栄えを見に来ただけだ。新入生歓迎パーティーに向けて、遜色なく仕上がっているかとても気になってしまってね」
僕が畳み掛けるように言うと、口をつぐんでしまったメンバーに代わってライラが口をはさむ。
「嘘でしょ?訳がわからないんですけど」
「嘘じゃない。ライラを見に来たんだよ」
その瞬間、周りが再びザワついた。
ライラが僕に顔を近づけ、小声で話しかけてきた。その表情は険しい。
「ちょっと、冗談よしてよ。目立ちたくないのに!何の嫌がらせよ」
「いいから!こっちはこっちでのっぴきならない用事で来てるの。たまには助けてよ」
僕のお願いに、ライラが不機嫌そうな顔をしつつも黙って頭を掻いた。その仕草ってどうなの?と思いつつ、どうやらとりあえずは僕の嘆願はライラに聞き入れられたらしかった。
「ウィル、ライラさんを見に来たの?出来栄えにびっくりすると思うわ」
女生徒の奥から僕の前に出てきたエレンが、優雅に僕に微笑む。気の所為か、瞳が若干冷たい気がする。
「楽しみだよ。エレン、流石だね」
僕も負けじと華やかな笑顔で応じた。
「何?その2枚目モテキャラのウィリアム様顔……キャラ違くない?」
横から突っ込みを入れるライラだったが、僕に言わせれば『ときプリ』のウィリアムはモテキャラ設定だったから間違ってないはず!
むしろ、乙女ゲームのヒロインのくせに色々腐ってるライラの方がキャラクター設定から逸脱してるじゃないのか?
ライラをじろりと見ると、ライラは肩を竦めてみせた。
エレンとヨシュアが気になりすぎて来てしまった。
ライラを出汁にしているあたりが何とも格好つかないけれど、他に社交クラブを訪れる建前が思いつかなかったのでしょうがない。
前回は不意の事で暴発してしまい、エレンとの言い合いにまで発展してしまったけど、同じ轍は踏まない。
要はスマートに振る舞えば良いんだろう!
すでになりふり構わずにこの場に来ている時点で、スマートなのかどうか疑問ではあるが、とりあえずは自分を保てているので大丈夫としておこう。
どうやら帰りそうもない僕に、社交クラブのメンバーも諦めて、エレンに促されつついつものクラブ活動を始めつつあった。




