129.ウィリアムとエレノア
エレンの手を引いて早足で歩く。
ヨシュアを図書室に残して、僕は一刻も早くそこを立ち去りたかった。
図書室に行ったのは偶然だった。そして、見てしまったのだ。
エレンとヨシュアが談笑しているのを。
エレンは瞳を大きく見開いて身を乗り出してヨシュアの話に聞き入っている。
一目で惹き込まれているのがわかった。
いつもだったら、エレンだって僕に気づいて、手を振るなりアイコンタクトするなりしてくれるのに。
ヨシュアの話に夢中になっていて、こちらには全く気づいてないエレン。その事がわかった途端、何ともいいようがない不快な感じがして気持ち悪くてソワソワしてしまう。
ヨシュアの話ははっきりとは聞こえて来ないけれど、エレンの反応を見てればどんな話か何となく想像つく。
許せない、と思った。
何が許せないのか、どうして許せないのか。
結局のところ、エレンとヨシュアが楽しそうにしているのが嫌なだけなのか。
そうして、そんな権利もないというのに、半ば強引にヨシュアからエレンを引き剥がして今に至るわけだ。
「ウィル!ちょっと待って、早い」
エレンが困惑したように僕に言う。僕は少し歩調を緩めた。
「……何怒ってるの?」
「怒ってないよ」
「じゃあ、どうして不機嫌なの?それに、ヨシュアは変な話なんてしてないわ。どれも本当の事だったし、私でも知っているような高名な方の話だってあったわ」
イラッとした。たぶん、僕は今怖い顔をしている。
「それで?」
「え?」
「それでエレンはどう思ったの?『私もそうなりたい』なんて思った?王女の立場も忘れて?」
一瞬、エレンが息をのんで沈黙する。
「何……それ……。王女の立場?ウィルなんかに言われなくてもわかっているわ。でも、ちょっとの間、不自由な私が思いを馳せるだけも許されないの?自分の人生を考えてはいけない?」
早口で話すエレンからは、僕の言葉で気分を害していることが明らかにわかった。
本当だったらここで冷静になるべきだったのに。
「それで?王宮を捨ててヨシュアと修道院にでも入る妄想でもした?」
売り言葉に買い言葉。意地悪な僕の言葉に、エレンの目が冷たく凍る。
「……私とヨシュアに対する侮辱だわ。ウィルが、私は自分の意思で考えたりせずに、大人しくしてろって考えてることもわかった。……お兄様の所には1人で行けるから、離して。この件でもう話したくない」
エレンの冷たい瞳と言葉が僕の心に刺さる。
僕はエレンに言われたままエレンの手を離した。「ギルが呼んでる」なんてヨシュアと引き離すための口実だったけど、そんな嘘もすぐにバレるのだろう。でも、そんな事どうでもいい。
…………独占欲。暴発した。
エレンはそのまま振り返りもせずに遠のいていった。独り取り残された僕はため息をつく。
「最低だ……」
今まで、エンデンブルクの国王と結婚するのがエレンのため、国のためだと思って自分に言い聞かせていたのに。
エンデンブルクの王妃、だったら、納得も諦めもまだできるのに。
エレンが自分の意思で考える未来?
少なくとも、『ときプリ』のヨシュア友情エンドで繰り広げられた″神に遣えるヨシュアと主人公″のような未来は僕には許せそうもない。
エレンだって、わかってるって言っていた。
限りなく実現不可能な未来を、ちょっと思い描いただけなんだろう。
単なる空想なんだし、王女だからといってそんなの咎められるような事は何も無い。
……だけど僕は嫌だったんだ。
その空想した未来で、エレンの傍にいるのがヨシュアだったから。王女の立場なんて言葉を建前で使って、抱くべきではない独占欲をエレンにぶつけたのだ。
こうなっては、もう認めない訳にはいかなかった。
僕は、エレンが好きなんだ。




