124.訓練
人の品格とは、総合的には内面からも滲み出るものなのだろう。しかし、内面の変革は一朝一夕にはいかない。
乙女ゲームのヒロインに生まれ変わったというのに、前世とあまり変わってなさそうなライラだ。根が腐りきっている上に一本筋が通ってしまっている。このライラが品格を身につけようと言うのだから、骨が折れる仕事なのはやる前から予想がつく。
時間も限られる中、手っ取り早く見た目だけでも改善しようということになり、ライラの品行方正向上計画は、結局のところマナー講習に落ち着いた。まずは形からだ。
徹底的に身体に叩き込ませて習慣化すれば、いざと言うときでも反射的にエレガントな振る舞いができる。
身に付けたマナーはいつしか自身の血肉となり、清潔感や美しさといった印象はそのまま大きな存在感と好感度に繋がり、その結果として沢山の人から信頼され大切に扱われるという訳だ。
ギルもエレンも僕も小さい頃からマナーを叩き込まれているから意識せずとも出来るけれど、青年になってから身に付けるには意識的な努力が欠かせない。
ライラとギルは、生徒会の仕事を終えると、そのまま生徒会室に残って特訓をするようになった。
2人でやれば良いのに何だかんだで僕も駆り出され、遠目に見てどうかなどアドバイスを求められている。ギルはちょっと真面目すぎると僕は思う。折角ライラと二人きりになるチャンスなんだから、もっと活用したらよいのに。
ライラに教えるギルの笑顔は終始眩しく、神がかっている。子どもに教えるかのように易しく説明するギルの吐く台詞は一々甘い…。僕は口から砂糖を吐きそうになりながらも、尊いその光景から目を離さずに眺めていた。
「そう、ライラ…立ち上がる時でも視線を気にして。良いね」
「ギル、ありがとう!これなら、新入生歓迎パーティーの時だけなら、完璧に誤魔化せるわ!」
ライラがおよそエレガントとは言い難い柔軟体操のような動きをしながら言った。その姿には、自分を可愛く見せようという意図は著しく欠如している。
あのギルを前にして、ライラには何も響かないのか⁈もう、衝撃過ぎるのですが!
「マナーを身につけておく事は将来的に役に立つと思う。頑張ろう」
「そうね、議員達と渡り歩くのに、マナーも良くない小娘じゃ、相手にされないかもしれないわ…。人は見た目から入るものね」
ライラ、そこじゃない!将来は2人の未来を指してるんだ、気付け!後ちょっとだ!
僕が、ボクシングのセコンドの気分を味わっていると、不意にギルに呼ばれた。
「ウィル、ちょっと相手役をしてくれ、女役出来るだろう。ここは大事な場面だから、説明する前に見せておきたい」
「どんな場面をするの?」
僕の疑問に、ギルがコホン、と咳払いをして答えた。
「口説かれた時のスマートな断り方だ。今後そういった問題が起きないとも限らない。下手に断って逆上されても面倒だろう。只でさえライラは可愛いというのに、その上壮年の男共に囲まれて仕事をするなんて、狼の群れに子羊を放るようなものだ。子羊も立派な角を持たなくては。だから、この技術をライラは絶対に身につけるべきだ。ウィルならこういった男のあしらい方なら得意だろう?」
「ああ、うんって、……え?」
なんて事だ。
ギルはギルなりにライラに自己防衛のためにマナーを教えようとしている。″絶対に身につけるべき″と言っているあたりにギルの男心が垣間見える。
「ライラ…見るんだぞ」
ギルの気持ちを僕は受け取った。
「勿論!穴の空くほど見つめてるから!どうぞ!さあ!」
「熱心で良い事だ」
そうしてギルと僕は向き合った。
…………
「ウィル、あなた貴族だったのね…」
ライラが惚けている。
「どういう事!?」
「わかっただろうか?ライラが私以外から、誘われる所は見たくも無いけれど、そういう場面もあるだろうからね」
ギルが間接的にライラを口説いているが、心ここにあらずなライラに届いている様子はない。
「ギルバート様の誘い方がとってもスマートで、素敵だったわ……。初め、誘われてるって分からなかった。断っても断ってもスマートに退路を断ってくるギルバート様と、それに応えたウィリアム様も最高だった」
ライラのうっとりとした表情に僕は寒気が止まらなかったが、ギルは照れに照れていた。
「ギルの良さが伝わったなら良かったよ」
「伝わりまくりよ!今日の夜は寝れないわ」
それを聞いたギルが爪先から震えてるのを見た。
「今回はウィリアム様が辛うじて身をかわしたけれど、続きが気になる……!私の希望としては……」
「わー!」
ライラとギルの間に入り思いっきりギルの耳を両手で塞ぐ。どうせ、ライラは碌でもない事を言いだすに決まっている。ギルを汚される訳にはいかない。
「何をするんだ。ウィルこれでは何も聞こえない」
その状態で僕はライラの方へ顔を向けた。
「ライラ、変な事言うなよ」
「ギルバート×ウィリアムに見せかけてのウィリアム×ギルバートだったのよ!これが興奮しないでいられますか!?」
「あーもう!勘弁して!!何の為で、誰の為にお手本披露したのか、わかってる!?」
「わかってるわよ!だから今夜は寝れないんじゃないの」
「いいや、絶対にわかってない!」
僕らの言い争いは止まる事を知らない。その内音を遮断され、痺れを切らしたギルが、ギルの耳を塞いでいる僕の手をそっと取った。
「ウィル、痛い…」
「あ、ごめん。ギル」
「ライラが碌でもない事を言いそうだから、聞かせたくなくて」
「碌でもないって何よ」
「鼻血拭きなよ…」
「あら、ごめんなさい。『痛い…。』『ごめん。』の件の刺激が強すぎて」
ギルがサッとライラにハンカチを差し出す。
「いえ、私の血でギルバート様を汚すわけにはいかない」
ライラがハンカチを受け取るのを拒否した。姿勢を正し、キッパリと言い切るその姿には威厳がなくもないと言える。……鼻血出てるけど。
少し寂しそうにギルが首をふる。
「自分が穢れてるってわかってるなら、まずはその穢れた中身をどうにかしなよ」
僕は呆れてライラに言った。
「ウィルには言われたくないわね」
「ライラを穢れているだなんて、何てことを言うんだ、ウィル」
2人から同時に責められてしまった。
僕を責める時だけはこの2人は息がピッタリな気がするけど、気の所為か?
もう少し進展して欲しいのに……と思いつつも、この友情(片思い?)期間も貴重なのかもしれない。
僕自身とエレンを振り返ってみると、そんな気がするのだ。




