121.第2段階
ルークと一緒に校内をジョギングする。
噴水の脇を通り過ぎれば、水の音が心地良い。
ふとルークの横顔を見ながら、僕は思わず先日カトリーヌに見せてもらった手紙の内容を思い出していた。
そうか、この身体で春を見つけたのか…。
「……ウィル、何か失礼な事考えてるだろ?」
ルークが僕の方に顔を向けて言った。
相変わらず勘が良いな。
「さあ?」
ちょっと気まずく思いながらも、それを悟られないように僕は別の話題を探すが……筋トレの事しか思いつかない。
毎日ルークとその筋肉の話をカトリーヌに聞かされているせいで、すっかりルーク=筋肉のイメージで毒されてしまっている。
えっと、話題、話題…。
「ルーク、そういえば山籠りで修行って何するの?」
「基本はサバイバル生活だ。身体の鍛錬の他、座禅を組んだりしたぞ。そのうちまたやってみたいと思ってる。興味があるなら、ウィルもどうだ?」
「気功とか出せるようになるなら、行っても良いな」
「気功ってのは何だ?」
「遠い国に伝わる技だよ。実際に見た事は無いけど…でも、ルークなら、そのうち出来そう」
「ふうん、ウィルは色んな事を知ってるな」
……前世の、しかも漫画の知識で申し訳ない。
「あれ?向こうにディーノとカトリーヌ嬢がいるな」
「えっ?ルーク、見えるの?」
カトリーヌが差し入れを持って待機するポイントはまだ先だったはずだけど……。
言われてみれば……人影っぽいものが小さく見えるか?個人の判別まではとてもできないけど。
「目はいいんだ。確かに2人がいる」
「凄いな、ルーク」
ルークの視力は一体いくつなんだろう。
「そういえば……。最近、目の端に不審な動きを捉えたと思うと、大体カトリーヌ嬢なんだ」
「……。まあ、そうだろうね……」
カトリーヌから、毎日ルークの動向を聞かされている僕はなんだかとても納得してしまった。ルークから一定の距離を保ちつつ、本人は見つからずにルークを観察しているつもりなんだろう。
「話しかけて来るわけではないんだ。近づくと逃げるし。一体何なんだろう」
客観的に考えたらカトリーヌは大分不審者だな……。ルークに怖がられてもおかしくないけど、ルークにそんな様子はない。懐が広いのか、無頓着なのか……。
「ルークと仲良くなりたいんだよ」
「やっぱりそういうものなのか?本人もそう手紙に書いていた。……実はカトリーヌ嬢と文通している」
ズコー!僕は漫画みたいに盛大に転んだ!
「だっ大丈夫か?ウィル」
「大丈夫だよ。文通に驚いてしまって」
「そんなに驚くことか?」
嘘です。すいません。文通のことは知っていました。しかし本人から直接口に出して聞くと破壊力がやばい。
ルークが立ち上がる為に手を貸してくれる。
「カトリーヌ嬢だけど、ルークと仲良くなりたいけど実際に目の前にルークがいると緊張しちゃうんだと思うよ」
「外見で怖がらせてるかなあ。手紙では色んな話をしてくれるのだが……。ちょっとどうしようかと悩んでいる」
「ルークはカトリーヌ嬢と話をしたいの?」
「ああ」
「それなら心配ないね。カトリーヌ嬢もルークと話したいんだし、話したい者同士、上手くいくよ」
「何のアドバイスにもなってないぞ」
「いいから、いいから」
そのうちに僕にもカトリーヌとディーノが見えてきた。ディーノを盾にして見え隠れしているカトリーヌの動きはやっぱり不審だった。
「ほら、早速良い機会じゃない?行ってみよう!」
「おい、ウィル!」
ディーノとカトリーヌの所に来て足を止めると、僕は2人に挨拶をした。ルークも僕に続いてくる。
さあ、カトリーヌ!絶好のチャンスだ!
打ち合わせ通りに、僕を見ながらルークに差し入れを渡すんだ!頑張れ!
「……おい」
ディーノが不機嫌な声を発する。
自分の背中に隠れて中々出てこないカトリーヌにイライラがMAXのようだ。
「……」
カトリーヌからの返事はない。
ディーノは振り返り、真っ赤になって差し入れを握りしめているカトリーヌを一瞥すると舌打ちをした。それから、カトリーヌを無理矢理自分の前に突き出した。
「ルーク!この女がお前に差し入れだそうだ。受け取れ」
「……俺に?」
ルークが戸惑いながらもカトリーヌに声をかける。
「……はいぃ!」
カトリーヌは目をぎゅっと瞑りながら、辛うじて差し入れを握りしめていた両手を思いっきり前に突き出してルークに差し出した。
「……ありがと」
ルークはひょいっとカトリーヌの手から差し入れを取るとお礼を言った。
「……はいっ」
コクっと頷いたカトリーヌは、とても嬉しそうに笑った。
……相変わらず目は瞑ったままだったけど。
こうして無事にカトリーヌはルークに差し入れを渡す事が出来たのだった。
***
「うわーん!ディーノ様!ありがとうございますぅー!」
「アホか、貴様!1人じゃ渡せなかったんじゃないか?」
「その通りです。ディーノ様のお陰です。ありがとうございますー!」
「泣きつくな!僕の時間を無駄に使うんじゃない。成果を出せ!!」
「流石、氷の公爵様。言う事が厳しいですぅ」
カトリーヌがブーたれる。
(どこが厳しいだ?これだけの時間を投資して後押しまでしてやって、文句を垂れる。なんて甘ったれなんだ。)
ディーノは思わず悪態をつきそうになったが、なんとか心の中だけに留めた。
「もういい。貴様と話していると蕁麻疹が出そうだ。僕は校舎に戻る」
(まあ、確かに……。本人なりには限界を超えて頑張ったのだろう。ルークに差し入れを渡せた際のカトリーヌの表情には若干心を打たれた。そこには恋する女の真実があったのだろう。)
「ディーノ様、私も戻ります。待ってくださいぃ」
(しかし……。)
「……基準が低すぎる……」
まとわりついてくるカトリーヌを鬱陶しげに追いやりながら、ディーノは歩調を一層早めて校舎に向かうのだった。




