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116.ヴォルフ公

バレンタインにルノワール先生の闇を目撃したあの後、生徒会室に置いた荷物を回収した僕はそのまま早目に帰宅をした。


家に戻るとさっそく父に呼び止められる。

今日のヴォルフ公は上機嫌だ。大方、バレンタインデーに多数の女性から贈り物を貰って鼻の下を伸ばしたのだろう。父の年齢にもなれば贈り物も社交辞令のようなもので、贈る側の女性に深い意味はないだろうに、それでも喜んでいるのが女性という生き物を崇拝し、愛している父らしい。

「ときプリ」で、ウィリアムは常に女性の影がチラつくような色男というキャラクター設定だったけど、それはこの父親の血筋に違いない。

鼻歌をハミングしながら軽やかに自身の執務室に入るヴォルフ公の後に続いていく僕の気分は、お世辞にも良いとは言えない。

ルノワール先生に、自分の父親……。バレンタインに一喜一憂している男達に僕も含まれるのか。

さっさと父の話を終わらせて自室に戻り、エレンから貰った贈り物でも見て癒されよう。


部屋に入ると、机の脇に贈り物やら花束やらが堆く積んである。

ぱっと見たところ、もらった量は僕と同じくらいだろうか。

傍から見てると鬱陶しいけど………。

……まさか、僕も他人からはこんな風に見えてるんじゃないだろうな?!急にエレンに鬱陶しいと思われてないか心配になる。

僕に贈り物をくれた女の子たちの気持ちは嬉しいけど、決して父のように鼻の下を伸ばしているわけではなく、何と言ったらよいものか……とにかくエレンに誤解はされたくない!

……が、一瞬の間をおいて誤解されたままの方が色んなことが都合がよいという事に気付き、僕は気分がさらに落ち込んだ。


「ウィル、どうした。何かあったか?」

僕の顔が曇っていることに気づいた父が気遣いをみせる。

「別に……大したことじゃないよ」

「さては、父さんのもらったバレンタインギフトの数に圧倒されたか?まだまだ息子には負けないよ」

前言撤回。気遣いと思ったのが間違いだった。父は父だった。

「違うって!!それに、数とか競うものでもないでしょ」

「ふむ、息子に諭されるとはな。しかし、それならその顔はどうした?こんな晴れの日に憂い顔するのはイシュマーニ家の連中くらいだよ。まさか……意中の女性に振られでもしたか?」

「違うって!もう、からかうのやめてよ。色々振り回されて疲れてるだけだから」

「ははは。父さんには言いづらいよな。息子よ。大丈夫だ、女性は星の数ほどいる。女性の美しさも星の数ほどだよ」

これは……慰めてるのだろうか?

流れるようなテノールの音域で言われると随分軽く聞こえるな……。

「いいから、早く用件を言って」

この話題を終わらせたくて、僕は父が僕を書斎に呼んだ理由を聞いた。

「思春期の息子の冷たさと言ったら!……まあいい。以前、平和の祈りと共に行われる舞踏会でギルバート様とエレノア様の相手をよく見ておくように言ったね。忘れてないだろうね?印象に残るような人物はいたかい?」

「……どういう事?」

どうして急に平和の祭典の舞踏会の話を持ち出したのだろう。

僕の不審な顔を見て、父は首を軽く横に振ると言った。


「エレノア様に結婚の申し込みが入った。他にも婚約の打診がちらほら」


世界が、暗くなる。


「結婚の申し込みをしたのは誰だと思う?当ててご覧」

僕の様子にお構い無しに、父はからかうような調子で僕に謎解きをしかける。

僕は声が震えないように気をつけながら言葉を絞り出した。

「……カイン・ナーサ=エンデンブルク」

「ふむ、正解。いいじゃないか。見てきたんだろう。どんな人物だと思った?」

父から飛んでくる質問は、ことごとく僕の答えたくない質問ばかりだ。こんなこと、声に出して意識したくなかった。僕はやっとの思いで父に言葉を返す。

「……華やかで魅力的ながら、内面も有能な方だと」

「そうだね。エンデンブルク王は私も交渉のテーブルで何度も会っている。あのような男性に見初められるのは女性として大きな喜びだと思うよ」

知り合いだったら僕にわざわざ聞かなくても良いじゃないか。父の話の耳障りなことといったらない。


「お前が即答するくらい、舞踏会でエレノア様の相手は絞られたって訳だ。エンデンブルク王との婚姻が結ばれれば、金鉱の権利を巡ってメールスブルクよりも有利な立場に立てる。お二人の交流も密ならこれ以上の話はない。ギルバート様の方は、メールスブルク国のアン王女とは書簡でやり取りしてるそうだが……婚約の話は進んでいない。まあ、王子はまだ即位もしてないし若いから、こっちは猶予があるからね」


父のおしゃべりはもう僕の耳に入ってこなかった。

それからどうやって父との話を打ち切ったのかもわからないが、自室に戻った僕はそのままベッドに突っ伏す。

エレンからもらったバレンタインの贈り物。

可愛らしいリボンで包まれた中身はニャンでーの刺繍の入ったハンカチだった。

僕の心を慰めてくれると同時に切なさがこみあげる。

だからといって、僕ができることはもう決まっている。

なんとか気分をあげていつも通りにできるように、ベッドに突っ伏し枕に顔を埋めて……僕はそのまま眠ってしまった。

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