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113.バレンタインイヴ

家に帰り、赤いリボンで綺麗にラッピングをした箱を眺める。

箱には“僕がギルに渡す分”という建前で作ったシフォンケーキが入っている。


学園での帰り際の事が思い出される。

ライラからギルに渡せ渡せとせっつかれた。

「ほらウィルも、早く!」

どうせそう来るだろうと思っていたんだ。そんな時のために僕にも用意がある。僕はわざと少し神妙な顔を作ると、視線の先をライラともギルともいえないように漂わせて言葉を紡ぐ。

「僕はライラとは違って、日付というものをもっと大事に考えてるんだ。明日渡すよ。なにせ大切だからね」

意味ありげにそう言った後に、無意味にギルの服の襟を整える仕草をする。この一連の動作は、襟を整えるという点に関してはまったく意味を成さなかったが、ライラにとっては効果的だった。

「そう……そうよね……!」

これでライラは誤魔化された。

チョロいといわれた言葉をそっくりそのまま返そう!



再び、僕の部屋の机の上に置かれた箱に視線を落とす。

手作りのシフォンケーキ。

当然、贈りたい相手はギルではない。

(ギルのことは大事だけれど、バレンタインデーに贈り物をあげたい相手かと言われると、ちょっと違う。)


贈りたい相手、と言われて最初に思い浮かんだのが……エレンの顔だった。

すぐさま、エレンの姿を脳裏から追い出すかのように頭を振る。


「バカか僕は……。こんなのあげたって混乱させるだけだろ」

自分自身、自分の気持ちがわからなくて混乱してるというのに。

「いや、違うか……」


もし気持ちの整理がついて、これが恋だとわかってしまったら。

「それこそ絶対にあげられない」


先にメールスブルク国で行われた平和の祭典の一連の行事の中でエレンは自分の道を見つけている。王女として国の利益を第一に考えるなら然るべき相手と婚姻を結ぶべきだし、その意味でエンデンブルク国のカイン様は申し分ない相手だ。平和の祭典で2人は出会い、お互いに惹かれあっていて……僕の立場は当然、臣下としてエレンを支え、2人を応援することだ。

深い意味もなく思いつきで作ったケーキをましてやバレンタインにあげるなんてことは慎むべきだろう。

もし深い意味があったとしても……どの道、僕にできるのは今まで通りを貫くだけだ。


僕はベッドに身を投げ出し、癒しの枕に顔を埋める。

最近では“いつも通り”もできていない。

メールスブルク国の王宮の庭園で慌ただしく別れたきり、エレンとはちゃんと話せていない。エレンに会うのが何となく気まずくて、積極的に絡みに行く事をやめてしまっていた。学園で会えば挨拶はするけど、最近のエレンはギルとは別行動。以前よりも話す機会自体が減っている。エレンの方も忙しいのかもしれないけど、それが今は少しありがたい。


思い返せば、今までバレンタインには毎年エレンから何かしらを貰っていた。

……今年は貰えないかも知れない。

毎年貰える事が当たり前だと思っていたけれどなんていうか、驕りだったのだろうか。

「……このままじゃ駄目だよな。ちゃんと僕は“いつも通り”にしてなきゃ」


***


ある部屋の前まで来ると、僕はドアをノックする。

「だれ?……お兄ちゃん!」

出てきたのは妹のキャシーだ。

「キャシーに良いものあげようと思って」

「なに?いくらお兄ちゃんだからって、女性の部屋に夜に来るのはダメよ」

生意気な事を言いながらも、キャシーの瞳は僕の手にある赤いリボンのついた箱に注がれている。

「バレンタインのお菓子。貰ったんだけどさ、食べきれないから」

僕は嘘をついた。キャシーに、自分が作ったケーキだと知られたくなかった。

「……いいの?だってこれ、お兄ちゃんのために女の人が作ったんでしょ?お兄ちゃんに食べて欲しいんじゃないの?」

「バレンタイン前日に渡された奴だよ?義理だよ。僕でもキャシーでも、美味しく食べてくれる人の方が良いって」

「そう?すっごく丁寧に包んであるし、その人、お兄ちゃんの事好きだと思うけど」

言葉とは裏腹に、キャシーの視線はお菓子の箱にじっと注がれている。やはり10歳の子ども。しばらく迷ってはいたが、お菓子の誘惑には勝てずにキャシーは最後には僕の手から箱を受け取った。

「あっ!ケーキだ!やった!」

早速箱の中を見たキャシーの顔が明るくなる。

「まさか、今からは食べないよね?夕ご飯食べたばかりだよ?」

「ケーキは別腹。あっ、すごーい!ふわふわ!口の中でとろけるよ、お兄ちゃん!」

キャシーは早速一口つまみ食いしている。

父親譲りの、僕と同じ銀色の髪に青い瞳。もう少し痩せてたら美人と言えるのかもしれないが……。まあ、このくらいの年齢ならプクプクしてる方が可愛いよな。

「やっぱりこの女の人、お兄ちゃんの事が好きだと思うけどな。気持ちが入ってるもん!」

作ったのは僕なんだけどね……。

「キャシーが食べてくれて良かったよ。僕の手元に置いて腐らせておくよりずっといい」

「うん!私も食べられて良かった。お兄ちゃんありがとう」

キャシーはもう少しお行儀を勉強した方が良い……そうは思いながらも、何となく、キャシーの笑顔に気持ちが少し晴れた気分になる僕だった。


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