112.ティータイム(ギルバート視点)
「ギル!美味しそうに焼けてたわ!」
「ちょっと味見しよう!」
生徒会室のドアが勢いよく開けられ、賑やかにライラとウィルが入ってくる。
それまでの静寂から一転、生徒会室は明るい雰囲気に包まれた。
「皆に配る分は、籠にまとめて置いておけばいいわよね。そして……はい!私からギルとウィルの分」
ライラから綺麗に包装されたケーキを手渡される。
ライラから私への、バレンタインの贈り物。
まさか私にこんな日が訪れるとは……。
友情からくれたものであって他意はないと自覚はしているものの、どうしても感動してしまう。
「バレンタインデーは明日だよ?フライングするなよ」
ウィルがライラから自分の分を受け取りつつ文句を言っている。
「1日くらい、誤差範囲でしょ」
当日というものに拘らないのが、ライラらしいと言えばライラらしい。
それとも、もし恋人になったら、また違う面が見られるのだろうか?
「これから食べるって言ったら、学食のおばちゃんが生クリーム分けてくれたの。豪華になったわ!紅茶はアールグレイ」
クリームが添えられたシフォンケーキと紅茶の良い香りが鼻腔をくすぐる。
こうして3人でお茶とともに談笑をする時間がとても嬉しい。
口に入れたシフォンケーキは軽い舌触りで口の中で夢のように溶けていった。
「うん、初めて作ったけど良くできてるよ」
隣でウィルが自画自賛している。この友人のいつもの癖だ。しかし、それを差し引いてもこのケーキは格別だ。
「……今まで食べたケーキの中で1番美味しい」
ふと私から漏れた言葉に、ライラとウィルが固まる。
一瞬の間の後に、2人から猛烈なつっこみが入った。
「それは無いよ!ギル、王宮でもっと良いもの食べてるでしょ!」
「そうよ、ギル!自分で作ったからって、評価に補正が入ってるんじゃないの?ウィルじゃあるまいし」
「ちょっと、ライラ。それどういう意味だよ?」
いつもの言い合いを始めた2人を余所に、私は少し昔を思い出していた。
王宮で食べるケーキと言って真っ先に思いつくのが誕生日ケーキだが、味はしなかった。
幼い私とエレンが誕生日を迎えた日は、いつだって王妃はいつも以上に苛立っており、その苛立ちを隠すことも無く私たちにぶつけてきた。そんな中で食べるケーキが美味しい訳がなく。
そんな王妃と私たちを見かねた父の配慮からか、私たちがある程度大きくなると家族で誕生日を過ごすこと自体が無くなった。
だから、私の発言はある程度的を得ていると思うのだが……。
「そう思ったのだから別にいいだろう。2人共……ありがとう」
ケーキが美味しいのはこの2人のお陰だろう。お菓子作りという普段しないことをした事も、気分が変わって新鮮だった。
「「……」」
私の素直な謝辞に、ウィルとライラは再び固まってしまった。
「……微笑みが、眩しいわ……。スチル絵を見た気分。ウィル、良かったわね。まるで公式よ」
「ギルの微笑みが眩しいのは同意だ。だけどライラ、今のは2人に向けられたものだ。僕だけじゃない。わかるな?」
ライラの言葉にはたまに意味を知らない単語が出てくる。
市井の言葉だろうか?会話の雰囲気で何となく、私とウィルの友情を眺めるのが好きなライラがそういう話をしたのだと察して苦笑いする。
それから、また3人で笑い合う時間はあっという間に過ぎていった。
***
「お兄様、いつもより遅いけど、どうしたの?」
王宮に帰ると玄関広間で待ち構えていたエレンに話しかけられる。
「ウィルとライラとケーキを作っていた」
「お兄様が?」
案の定、エレンは目を丸くして驚いている。
「私はライラが作るのを手伝っただけだがね」
「……ウィルもそうなの?」
エレンが何か考え込む様子をしながら尋ねる。
平和の祈りのために隣国に行って以来、何かと思い悩んでいる様子のエレン。ここ最近はウィルの様子もいつもと違う。
ライラは、今日ケーキ作りをしたのはウィルが誰かにあげるためだとも言っていた。
確かにウィルがライラから貰った分とは別に綺麗に包装されたケーキを持って帰っていったのを私は知っているが……。
私からそれをエレンに言うのは適切ではないだろう。
本当にエレンが知る必要がある事ならば、私が言わずとも自ずからわかる時が来るというものだ。
「さあ?聞いていないな」
私が話を誤魔化すと、エレンはなおも考え込んでいたが、この話題はそれきりおしまいになった。
この日の夜、就寝前の時間。
私はライラに貰ったケーキを自室のナイトテーブルに飾ると、そこで十字を切って祈りを捧げてから眠りについたのだった。




