111.ケーキ焼いてます
シフォンケーキが焼き上がるまでの間、僕とライラは学食で時間を潰すことにした。ギルは生徒会室の書棚の整理を終わらせてしまう、と言う。
閑散とした午後の食堂でライラが沢山のラッピング用品を並べながら僕に話しかけてくる。
「ラッピング、沢山持ってきたから好きなの使ってね。やっぱり大切な人へのプレゼントは綺麗に包まないとね!」
大切な人……はいはい、ギルの事ね。
「僕のはライラの余りでいいよ。拘りないし」
「そう?じゃあ、アルベルトは青色が好きだから青いリボンは貰うわね」
ライラがあまりに自然に言うのでそのまま流してしまいそうになった。
……アルベルト、だって?!
「何でアルベルト?!ギルだろ?!」
「ギルにはこのまま無包装であげれば良くない?他の皆のもそうしようと思うの。まとめて生徒会室に置いておいて、後はセルフサービス方式よ。ただ、アルベルトは学園の生徒でもないし身分も王侯貴族って訳じゃないから、学園内で皆と一緒にって訳にはいかないでしょ?」
「じゃあなんでこんなにラッピング用品を持ってきたのさ?」
沢山のラッピング用品から、僕からギルへのプレゼントに対するライラの並々ならぬ情熱を感じる。
僕のことは良いから、自分の方をもっと省みてほしい!
アルベルトだけ特別、を阻止したくて僕はライラの、“特別にしたら勘違いされるかもしれない”という感情を利用する事にした。
「それに……ほら、アルベルトだって自分だけ特別なの貰ったら勘違いするじゃない?ライラはアルベルトの事、別に好きな訳ではないんだよね?」
しかし、現実は僕の思い通りにはいかなかった。
「アルベルトが勘違い?ないない。彼は誰よりも私を知っている男よ。それに、アルベルトだって私に対してそーゆー期待はしてない」
ライラが僕の話を一笑に付した。
そーゆー期待はしてない?そんな訳ないと思うけど……。
「とにかく全員分包装!」
「えー!面倒臭い!それに私、明日は配ってる時間ないのよ。アルベルトと午後から出かける約束してるし」
「何だって?!」
またアルベルトか!
「ライラ、明日はバレンタインデーだよ!?恋人達が一緒に過ごす日だよ!?そこ、わかってんの?!」
「わかってるわよ。何でウィルがそんなに必死なの」
「わかってない!!アルベルトは恋人じゃないでしょ!!!」
「ちょっと、唾飛ばさないでよ。バレンタインデーは毎年一緒に過ごしているの。小さい頃からずっとそうで、いつの間にか習慣になってるだけなんだけど」
「毎年!?何てことだ!それでその気がないって、流石にそんな訳ないと思うよ」
少なくともアルベルトの方は――という言葉を飲み込む。
せっかく無自覚なんだ。下手に指摘して意識されでもしたら困る。
そんな僕の言葉にライラが悪戯っぽい笑顔で内緒話をするようにヒソヒソ声で言った。
「アルベルトって、生まれてこの方、彼女がいた事ないのよ。意外とモテないの。そのくせバレンタインに独りで過ごしたくない訳。今年だって2ヶ月も前から予定入れられたわ。アルベルトに恋人ができるまではしょーがないから付き合ってあげるつもりなの」
もう、何と言ったらよいものやら……。正直言って絶句する。
ギルの味方をしている僕だけど、アルベルトの事を考えると泣けてきた。ライラに対して、ギル以上に気持ちが伝わっていなくないか?
「とにかく!それだったら尚更。全員分包装した方が良いよ。皆が皆、一度に生徒会室に集まる訳じゃないんだから。それぞれの名前を書いた個包装を生徒会室に置いておけば配らなくても確実に皆に渡せるでしょ」
「ウィルって本当にこういう事はマメね」
呆れ顔でライラがため息をつく。
「そんなに面倒なことないって。ほら、僕も手伝うからさ」
こうして僕は何とかライラに全員分をラッピングさせることを了承させたのだった。
これでギルの分もアルベルトと同じく個包装される事になる。
うん、改めて考えると、僕の自己満足以外の何物でもないかも。しかし、これでいいのだ。
そんな中、焼きあがったシフォンケーキを学食の従業員が持ってきてくれた。
甘い香りが広がり、僕達は思わず歓声をあげる。
「いい香り!美味しそう!綺麗に焼いてくれてありがとうございます!」
「ちゃんと出来てるね。僕達がんばったじゃん!」
学食の従業員にお礼を言ってシフォンケーキを受け取ると、ライラは手早く切り分けていく。
「シフォンケーキが2ホール。私が配るのは、何だかんだでお世話になった『ときプリ』攻略キャラの皆と生徒会メンバー、後はウィルが配る分……っと。10切れあれば良いのね。……割と余るわね。育ち盛りのルークに多めに入れとこうかしら」
育ち盛りとはいってもルークは僕達と同い年だ、というツッコミは心の中に置いておくとして。
「味見ついでにこれからギルと3人でお茶にしようよ。ギルをあまり待たせても悪いし、さっさとラッピングしてしまおう」
「そうね!」
そうしてラッピングを終えたケーキを見て、僕はある事に気がついた。
「ねえ、『ときプリ』攻略キャラにあげるって言ってたよね。ルノワール先生の分がないけど?」
僕の指摘にライラが答える。
「当たり前じゃない!ルノワール先生と馴れ合う気はないわ」
当たり前……というのは、攻略キャラ全員と親密になる事で発生する逆ハーレムルートを回避したい、という事なんだろう。
「逆ハーレムルートなら、もう気にしなくても大丈夫じゃないかな。今、ほとんど攻略やめてるでしょ」
「念には念を、よ。それに、先生は明日は生徒会室に来ないと思うわ。会議ないもの」
「そりゃそうか」
いつも用がなければ生徒会室に来ないルノワール先生。
まさか、この時のこの判断が後々まで禍根を残す事になるとは、この時の僕達には予想もつかなかったのだった……。




