107.ウィリアムとライラ
期末のテストを終えて点数発表があった。
放課後、生徒会室の机でごろごろしながらようやく一息つけたなと感動を噛み締めていると、またもやライラに安寧を破られた。
「ウィル、論理学のテスト、点数負けた方が勝った方の言う事を聞く約束でしょう!?ね、ディーノ!」
「そうだな、そういう約束をしていたのが記憶にある」
ディーノは手元の書類を棚にしまいながらもライラに応えた。
「ほら、ディーノも言ってる!」
正直、ディーノの記憶なんて当てにならない。ディーノはライラと僕だったら、ライラの味方をするに決まっているからだ。現に今だって記憶をたどる素振りもなかった。初めから思い出す気なんてないのだろう。
「約束なんてしてないような……」
ダメだ、どうでも良すぎて反論に頭が回らない。
「さあ、テストをみせて」
そう言って、ライラに見せたテストは僅か2点の差で僕が負けていた。何を要求されるかが大体わかってしまう事が悲しい。よし、断ろう。
「私の勝ちね!ウィルに絵を描いて貰うわ!」
「描かない」
「ウィル、負けた上に約束からも逃げるなんて男らしくなんじゃない?ね、ディーノ」
書類をしまい終わったディーノは紅茶をライラに汲んであげていた。様になっていて格好いいが……執事の真似事か!?ライラに対するディーノの下僕っぷりが板についてきたな。
そんなディーノから、僕は辛辣な言葉をお見舞いされた。
「ウィリアムは小さい男だからな」
「約束は守るものよ。ね、ディーノ」
再びライラの追尾弾。ディーノディーノとうるさいな。面倒になった僕は白旗をあげることにした。
「……どんな絵が良いの?」
「ウィリアム様!チョロすぎます。約束なんて嘘に決まってるでしょう。もっと考えて下さい」
いつの間にか生徒会室にやってきたアルベルトが声をあげる。
「アルベルト!いつ来たの?」
思わぬ加勢に僕は声をあげた。
「たった今しがた。ライラも、男心を弄ぶのはやめてくれ」
「ちょっと、アルベルト。どんな約束かも知らないのに嘘だって決めつけないで欲しいわ」
ライラがふくれっ面をして言う。
「でも嘘だろう?」
じーっとアルベルトに見つめられ、ライラは黙ってしまった。図星だったのだろう。
「ウィリアム様がこちらだと聞いて。例の試作品を持ってきました」
今日アルベルトが持ってきたものはフェラー社で制作した枕の試作品だ。以前、僕が自分のために自分で作った枕。それをフェラー社で量産して販売しようという計画だ。
僕はさっそくアルベルトが持ってきた枕に頭を埋める。小さい男だとかチョロいだとか、散々な言われようだったが、そんな事が些事に思えるくらいに癒される……。
「うん、良いんじゃない。僕の作った枕が忠実に再現されてるね」
「私も使ってみたい!」
ライラが僕の頭の下から思いっきり枕を引っ張ったため、ゴッと音がして僕の頭が机の上に落ちた。痛いなあ。
ライラは枕を別の机の上に置いて、顔を正面から枕に埋めた。
「ふわふわ。……このまま眠ってしまいたい」
枕を褒められたのが嬉しかったので頭をぶつけた事は咎めないことにした。
「にゃんデーと同じ生地なんだ。枕の中身はそのうち個人の好みによって変えられるようにしたいな。……それにしても、その姿勢、苦しくないの?」
「蕎麦殻を開発して欲しいわ!日本人なら蕎麦殻でしょう」
ライラは枕に顔を埋めたままモゴモゴと喋った。
「ニホンジン?ソバガラ?」
ディーノが訝しむ。
「わぁーっと!!ライラは何を言っているのかなっ?モゴモゴしていて聞こえないな!」
僕は咄嗟にライラの発言を誤魔化すために大声を上げた。
……何故僕がライラのフォローをしなきゃならないんだろう……。
「ウィリアム、急に頓狂な声を上げるな」
「聞こえなかった?日本人なら……」
「わあっ!そう言えば、この枕、ギルとエレンにも評判が良いんだよ~」
再び前世の事を話し出すライラの顔を枕におしつけ、僕は別の話題に話を逸らすことにした。
「王宮御用達の寝具か……。その響きだけで売れそうだ」
アルベルトが何やら算段し始める。
「アルベルト、ギルとエレンには迷惑かけないでよ。公爵家御用達なら掛け合ってみるよ。父を紹介する」
父もアルベルトには会いたがっていたしな……。丁度良いかも。
「公爵家御用達ねえ……。ともかくウィリアム様ありがとう。とりあえず試作品を貰ってください。チェックは念入りにお願いしますよ」
「おい、ウィリアム」
「何だよ、ディーノ。アルベルトと話してるからちょっと待ってよ」
「ライラを離せ。窒息しても知らないぞ」
見れば、ライラは僕の手によって枕に顔を埋めたまま動かなくなっていた。
「げっ!ライラ大丈夫?」
慌ててライラの頭部を枕から引き剥がす。一瞬、息ができなくなっていたらどうしようと心配したものの、当のライラはあくびをしながら呑気に答えた。
「ええ……気持ちよく召されかけたけど何とか……」
ライラは目を両手で擦りながら再びあくびをする。
「……まさか、寝てた?」
「この枕がいけないのよ……。素晴らしいわ。ウィル、あなたは天才よ!」
「そ、そう?」
ライラに不意打ちで褒められ、嬉しくなる。
何を隠そう、この枕を完成させた時、自分自身でも自分は天才じゃないかと思った。
「間違いないわ。私が寝てしまったのがその証拠よ!驚異的だわ!この枕をこの世に生み出してくれてありがとう」
ライラの手放しの賞賛がくすぐったい。
つい、言ってしまった。
「そんなに?良かったらその試作品あげるよ。あ、製品チェックが終わった後だけど」
ライラが万歳をしながら喜ぶ。
「ウィル!ありがとう!愛してるわ!」
「ーーーーッ!」
突然の愛してる発言に部屋中が一気に硬化した。
この場でなんて事を言うんだ……。
とてもじゃないけどアルベルトとディーノの顔が見れない。
「ウィリアム様ちょっと…」
アルベルトに肩をがっつり捕まれている。
嫌な予感がする。
「……何かな?」
「2人っきりで話をしましょう」
言うやいなや、アルベルトは苦笑いを浮かべる僕を生徒会室の外に引きずり出した。
「アルベルト落ちついて、話をしよう」
ひょっとして、いやひょっとしなくてもこれは修羅場というやつだよね。そりゃあ、大好きな子が別の男に愛してるだなんて言ってたら、長年恋煩いして拗らせてる人はその男にどう言うつもりか聞くよね?恋に盲目な人にどう説明したら伝わるんだろう?
僕は目を瞑り拳の衝撃を受ける覚悟をした。
「ウィリアム様は!ライラを甘やかし過ぎです!!」
「へ?」
「へ?じゃありません。ライラは俺にだけ甘えてれば良い…じゃなくて、ウィリアム様が甘いから完全に付け込まれています!覚えのない約束に褒め殺し……全部引っかかってやることないでしょう」
「…………」
褒め殺し……だって?
あの天才発言はもしかして……。
まさか……僕はライラに騙されている?
生徒会室のドアを少し開けて覗いてみる。ライラとディーノには気づかれていない。
「ウィリアムのやつ、戻ってこないな」
「アルベルトが居たのが不味かったわね……。ウィルだけだったら簡単だったのに。でも、絵は残念だったけれど枕が手に入ったのはとっても嬉しい」
ライラはディーノがいれた2杯目の紅茶に優雅に口をつけている。
「………」
その光景を絶句して眺めていた僕にアルベルトが言った。
「ウィリアム様はああいう女だって知っていたはずです。目的のためには手段を選ばない。しかも最近知恵がつき始めている。やっかいですよ」
「……………」
言葉を失った僕が落ち込んで見えたのだろう。
アルベルトが僕の背中を軽く叩いて慰めてくれた……。




