103.平和の祭典 3日目5
ダンスを踊り終えたルークとカトリーヌが僕達の所にやって来た。
「ウィル、やたらと視線を感じたけど、どうかしたか?」
ルークが着くなり質問してきた所を見ると、僕は相当2人を気にして見ていたようだ。
「いや、なんでもないよ。ただ、羨ましいな、って」
「ルーク、そちらのご令嬢をウィリアムに返してやったらどうだ?元々はウィリアムのパートナーだったろう」
ディーノが意地悪く言う。
「そうだったのか?ウィル、すまん」
素直に謝るルークを前に、僕は思わずディーノの発言を否定した。
「おい、ディーノ!誤解させるような事言うなよ」
「そうですわ!ウィリアム様とは他人同然!……とまでは言いませんがパートナーでもなんでもありません!」
カトリーヌも慌てて全力で僕との仲を否定したが、他人同然は言いすぎたと思ったのか途中で修正してきた。
「他人同然とは笑えるな」
すかさずディーノが言葉尻を捉えた。口の端は笑っているし、本当に少し楽しんでいるようだ。
カトリーヌが僕にコソコソ話しかける。
「ねえ、ちょっと!あの方は何なの?!意地悪じゃなくて?」
「わかる!?意地悪だよね。ある界隈では、氷の公爵様って呼ばれてるんだ。あ、でも正式な敬称じゃないから本人には使っちゃダメだよ」
ちなみに、ある界隈とは前世の「ときプリ」界隈である。
「よく分からないけど……すっごく吹雪そう!マッチ棒みたいな体してるくせに」
「カトリーヌ嬢……。君は筋肉が全ての基準なんだね」
「おい、誰がマッチ棒だって?」
ディーノだ。聞こえてたらしい。
「……!!ごめんなさい、私……」
縮み上がるカトリーヌ。蛇に睨まれた蛙の如しだ。
「言い訳は聞きたくない。人が不快になるような形容を陰でコソコソと、恥ずかしいとは思わないのか?」
どうやら、マッチ棒発言にディーノは気を悪くしたようだ。ディーノに謝罪を拒否されカトリーヌは俯いてしまった。そんなカトリーヌを後目にディーノは更に怒りをカトリーヌにぶつける。
「マッチ棒なんて言われて喜ぶ人間はいないだろう。君には明らかに侮蔑の意図があった。とても良家の子女がするような振る舞いとは思えない。こうして君は僕の顔と自分の顔両方に泥を塗ったわけだ」
畳み掛けるようなディーノの物言いに、カトリーヌが泣いてないか僕は心配になった。
「ディーノ、カトリーヌ嬢も悪かったが、もうやめとけよ」
ルークが見かねてカトリーヌを庇う。
ディーノはルークに諌められると、尊大に言った。
「いいだろう。自分が恥ずべき人間だと認めてマッチ棒を訂正したまえ」
「おいおい、ディーノ」
「やめなって」
いくらなんでもディーノは言い過ぎてる。ディーノを止めるルークと僕に、震えているカトリーヌ。
カトリーヌはまるで狼の前の子うさぎ、もしくは猫に追い詰められたネズミだ。
4人の前に沈黙が訪れる。ディーノが相変わらず怖い顔でカトリーヌを見ているが、ここはさっさと話題を変えてしまおうと僕が口を開きかけた時。
「……ごめんなさい」
カトリーヌが蚊の鳴くような声で言った。
「はあ?」
ディーノがカトリーヌに聞こえないと言わんばかりに声を出す。確かにカトリーヌの声はとても小さくて、隣にいる僕がやっと聞き取れるくらいだったからディーノに聞こえてなくても不思議じゃない。
「聞こえないな」
ディーノが暗に再度の謝罪を要求する。
ついにカトリーヌは意を決して震える手でドレスの裾を掴むと顔を上げてディーノを見据えた。
「……ごめんなさい!謝罪しますわ!でも……」
一呼吸を挟みながら、今度はびっくりするくらい明瞭にカトリーヌが言った。
「訂正はしません!」
「何だって?」
「マッチ棒だって思ったことは事実だもの。人の思想や感情は他人から無理強いされるものではないわ。そう思ってしまったのだからしょうがないじゃない!本人に図らずも聞こえてしまった点についてだけ謝ります!」
どうやらカトリーヌは開き直ったのだろうか?いきなり勢いづいたカトリーヌに怯むことなくディーノが反論する。
「待てよ!人をマッチ棒呼ばわりすることの何処が思想だよ。話を大袈裟にして誤魔化そうとする詭弁だ」
「根拠なくマッチ棒だって思った訳じゃないですわ。筋肉も脂肪も、私に言わせれば全然ついてない!服の上からでも分かります!骨格自体が華奢だから、肩幅からの逆三角形は期待できないし、腹射筋は程よく収縮しているから無駄なたるみが無く、僅かな脂肪と筋肉は女性の曲線的なそれとは違う直線的な付き方で……つまりはマッチ棒じゃないですか!!」
窮鼠猫を噛むとは正にこの事……勢いづいたカトリーヌは止まらない。
「失礼ですけど、お食事は何を食べていらっしゃるのですか?この上腕三頭筋の貧弱さを見る限り、好き嫌いばっかりして碌なもの食べていないのではないかしら」
驚いた僕は思わずルークと顔を見合わせる。
「ルーク様の身体の作りは鍛えているのもあると思いますが、普段の食事にも気を使っているからこそだと思います。あなたは見るからに食が細そうで、お顔の色が悪いのもそのせいかもしれないです」
「言うじゃないか。僕に泣かされたいのか?」
ルークが、「あー……。ここ1ヶ月の食事はほぼウサギと木の実だったんだ。碌なもの食べてないのは俺かも、ハハッ」と笑ってみせたが、もうディーノとカトリーヌの耳には入っていないようだ。2人の背後に白い虎と蛇が見える。
「普段何を食べているのか、と聞いたな?」
「ええ、言いましたわ」
「幸い今夜はブッフェスタイルだ。如何に僕が身体に良い食事を取っているか証明してやる。普段の食事と似たようなコースを持ってくるから見ておけ」
「それならあなたの食事の駄目さの基準がわかるように、私も食事を選びますわ。見比べて見ましょう!」
こうしてディーノとカトリーヌは、奇妙なことに食事を選びに連れ立って言ってしまった。
僕はルークと再び顔を見合わせる。
「カトリーヌ嬢があんなに話してるとこ初めて見た。ディーノ相手にすごいな」
「……そうだね。追い詰めると変貌するタイプなのかな?怖いなあ」
「俺の前だと全然しゃべらないからてっきり大人しいタイプなのかと思ってた」
確かにルークの前じゃ喋らない……というよりも喋れなさそうだな。隣に立っているだけで精一杯という所だろう。
「まあ、女の子は色々あるみたいだよね」
「何だそれ?」
「緊張しやすいタイプみたいだよ」
「ふーん……」
「ルークはさ……カトリーヌ嬢のこと、どう思う?」
僕はルークに思い切って聞いてみることにした。




