102.平和の祭典3日目4
「はあ……。ルノワール先生の気持ちがわかる気がする」
ルークとカトリーヌ嬢のダンスを見ながら、僕は学園の独身教師――恋人募集中――の名を口にした。
今夜のカトリーヌは、たまによろけながらも何とか自力でルークと踊れていた。すごい進歩といえるだろう。
きっと、カトリーヌの侍女のナーシャもこの会場のどこかで2人を見ているに違いない。
午後エレンと庭園でようやく話すことができた。
だけれど、エレンの悩みは既に解決済みだったみたいだし、僕に話を聞いて欲しい風でもなかったし、あの時間は何だったんだろう。
エレンに話したいと言われてから3日経って状況も色々変わったのだろうけど、それでもエレンの方から話があると言ってきたのに……と、僕は何となく釈然としない思いがした。
かといって、カインについてあれこれエレンが話すのを聞くのも気乗りしない。
「カイン様は優しくて大人で……」
僕の脳が勝手にカインについて話すエレンを想像する。
「……まいるなあ」
カトリーヌの乱入で良くわからないままエレンと別れてしまったけど、あれはあれで良かったのかもしれない。
ルークに一目惚れしたカトリーヌと、カインといい感じになりそうなエレンなら、恋バナが大いに盛り上がることだろう。
そこに僕が参加しても、取り残された感が拭えない。
エレンとは物心つくくらいからずっと一緒にいて色々頼りにされてきた部分もあった。カトリーヌには散々振り回された。
しかし、エレンもカトリーヌも、僕なんかにお構い無しに恋をして、僕はお役御免の邪魔者扱いか……。
カトリーヌには、「自分で何とかしなよ」と言ったものの、いざそうなると少し寂しいのは気の所為だろうか。
エレンにしたってカインに言い寄られた途端にあの態度の変化。
異性の僕は蚊帳の外って感じなのかもしれないけど……。
寂しいなあと思う僕だけまだ1人子どもみたいじゃないか。
ルークとカトリーヌは、幸せそうに踊っている。
いや、ルークはわからないが、カトリーヌはとても幸せそうだ。昨日よりも緊張が解れているみたいで、頬を染めてはにかみながら微笑んでいる。
ずるいよなあ……。
今まで特定の恋人が居なくて不自由した事はないし、欲しいとも思わなかったけど、好きな人に真っ直ぐなカトリーヌを見ていると羨ましくなる。エレンはエレンでエンデンブルグの王様といい感じだし、今夜は何故だか独り身の淋しさを痛烈に感じる。
「ウィリアム、なんだその辛気臭い面は」
良く聞き知った声がして、僕は面倒だけど声の方に首を傾ける。
……ディーノだ。面倒くさい時に来たな。
「ディーノ、僕に構っている暇なんてないだろう」
「ルークと踊っているあの娘……。初日に大層絡まれていたが、もう愛想つかされたのか?女心と秋の空とは言ったものだな」
ディーノは僕の言葉を気にとめもせず、嫌なことを聞いてくる。
「別に……。好きでもなんでもない娘だったから、離れてくれてほっとしてるよ」
「見苦しい言い訳だな。その割には恨みがましい顔で睨んでたじゃないか」
恨みがましい顔……!?なんて事だ。態度までルノワール先生みたいになってしまったというのだろうか。
「やだなあ。彼女のあの幸せそうな顔を見てよ。女性の喜びは僕の喜びだ。羨むことはあっても恨むことはないよ」
「どうだかな。ウィリアム、お前意外と狭量だろう。知ってるぞ」
ディーノが僕の何を知っているって?何だかざわざわするな。
「そういうディーノはどうなんだよ」
「僕か?僕は去るものは追わないし興味もない」
いつも通りの冷めた顔つきで言うディーノ。
「それはクールすぎるんじゃないの。気持ちが足りないんだよ」
「お前こそどうなんだ。あっちこっちフラフラして特定の相手なんていた事ないだろう」
それは昔の話!前世の記憶が戻る前の事なのに、ギルといい、一度ついた印象は中々戻らないらしい。
「ディーノだって恋人いないでしょ」
「だったらどうした。お前だっていないだろ」
「……」
「……」
「…………僕達は所詮恋人がいない者同士か」
「……。それには同意だが、その言い方は気持ち悪い」
ディーノには気持ち悪いと言われたけど、今の僕はディーノにも恋人がいないことに喜びを感じていた。
いや、喜びは言い過ぎかもしれない。ある種の連帯感のようなものだろう。
ディーノのやつ、曲がりなりにも『ときプリ』攻略キャラクターで、美形ハイスペック男子のような扱いをされてるけど、浮いた噂の1つもないし、仕事に追われて生活は地味そのもの。いつも不機嫌でQOLは僕より低そう。
「ディーノ、知ってる?恋する人は馬鹿なんだって」
「何だそれは?聞いたことないぞ」
「続きもあって、……恋をしない人はもっと馬鹿」
「馬鹿ばかりじゃないか。言った奴、頭沸いてたんじゃないか?」
……ディーノには優しくしよう。
僕達2人は何となくルークとカトリーヌ嬢を眺めた。
ルークはこちらに気づいて軽く手を振ってくれた。カトリーヌ嬢は、そんなルークを一心不乱に見つめている。頬は薔薇色のまま。
僕の色眼鏡なんだろうが、2人は先ほどよりも一層輝いているように見えた。




