1.プロローグ
既知感はあったんだ。
そう、既視感というよりかは既知感。
この世界のこと、とりわけある友人ギルバート・ディア=アスティアーナに対して、''以前から知っていた''のではないかと思うことが度々あった。
日常の何気ないことに対する友人の態度だったり、好きな食べ物、趣味指向、性格や考えの傾向などなど……。時々本人に聞いたり周りから教えてもらう前に、その友人のことがわかる時がある。
彼の10歳の誕生日に、僕がピアノの演奏をした時もそうだった。僕はギルが好きな曲を弾いた。なんていったって誕生日だから。演奏が終わった後のギルの反応は今でもよく覚えている。彼は、喜ぶでもなく、エメラルドグリーンの形のよい目を大きく開き、信じられないといった表情をしていた。
そして最初に言われた言葉は、「なぜその曲を知っている?」だったのだ。
僕は予想外のギルの言葉に若干慌てて「え?でもこの曲好きだろ?」と聞き返した。
ギルは、「好きもなにも世界で1番大事に思っている曲だ。でも絶対君には話してないし、遠い外国の曲だから知るはずないよ!」と答えたのだ。
「誰から知った?」と言われても、当の本人はいつの間にか知っていて、ギル自身にいつか教わったと思っているのだから、何とも答えようがない。やっぱりギルが教えてくれたけど、そのこと自体を忘れてしまってるんだとその時は思うことにした。ギルはまったく納得していなかった。
そんなこんなで、ギルには「君には不思議な力がある。」と言われていたが、僕は単に友人が忘れっぽいだけだと思っていた。
――あの日、既知感の理由を知るまでは。
僕、ウィリアム・ヴォルフは名門ヴォルフ公爵家の嫡男であり、聖パトリック学園高等部に一週間前に入学した。
聖パトリック学園は、この国で1番伝統のある学校であり、王侯貴族の子女や裕福な商人の子などが多く通っている、いわゆる金持ちのためのエリート学校である。
その学校の入学式が行われる講堂の前に立った時、ちょうど講堂の鐘が鳴り響いた。1人の少女が慌てて講堂に駆け込んでいく。
その瞬間に、思い出したのだ。
この世界が、前世でプレイしていた乙女ゲーム「ときめきプリンセス」――通称「ときプリ」――の世界だということに。
前世で僕は「ときプリ」に大ハマリし、かなりやり込んで、挙句の果てには同人活動もしていた。あの講堂はオープニングアニメに出てくる講堂そのものだし、前世でトレースした記憶がある。ウィリアム・ヴォルフはゲームの攻略キャラクターの1人だ。
あまりの事実に思わず口元を抑えて下をむく。
僕の顔色がよほど悪かったのだろう。
隣にいたギル――この国の第1王子にして人気ナンバー1の攻略キャラクター――が「ウィル?どうした。」と肩に手をかける。
反動でギルの顔を見て、後悔する。
端正な顔立ちに吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳、柔らかな金色の髪。
どっからどうみてもイケメンだ。
ごめん、ギル。僕は前世で同人活動をしていた。
しかもカップリングはウィリアム×ギルバートだった。本当に申し訳ない。ギャグしか描いてなかったのがまだ救いか。ああ、でも、家には他の同人作家さんが描いたシリアスものもあったっけ。あれは僕――私が死んだ後、家族に見られてしまったんだろうか。親より早く死んで申し訳ないやら、あの本たちが見られたかと思うと恥ずかしいやら、いろんな思いが頭を駆け巡り、至近距離でみるギルの顔に気持ち悪さが限界になり――
僕はそのまま卒倒し、一週間寝込んだ。